ココは、俺が居るはずのない未来。
どれほど先の未来なのかは分からないが、新たな人類種が繁栄しているのだから、かなり遠い未来、と考えるのが妥当だ。
それでいて、ヴァンパイア語が完璧に受け継がれる範囲の未来。
動物人間、母と呼ばれるAI、共用言語、巨大装置。
サクアモイには悪いが、チープなB級映画のようで笑える。
俺に未来を示唆した一方で、サクアモイは俺が過去の人である事を明言しなかった。
それは、俺が予期しなかった不純物ということなのだろうか。
もし俺がこの時代に影響を与えそうな質問をした場合、彼女は先ほどと同様に濁した回答をしてくるのか。
「教えてくれ。南方騎士団の南米基地に今すぐ帰りたい。道を教えてくれないか?」
あえて無理だと分かっている質問をした。
未来である以上、ココに俺のいた南米基地は存在しない。
"…私なら、あなたを「南米基地」に還す事ができます。"
サクアモイの回答は予測を超えていた。
跪いたまま、俺に親指を立てるゴリオがとても嬉しそうだ。
実際のところ、動物人間達に明確な旅の目的はない。代弁者に言われるがまま同行してきただけ。
出会いのきっかけを考えれば、彼らが「俺と准尉を南米基地に帰すこと」を旅の目的に設定していても不思議ではない。
一連の流れだと、サクアモイが願いを叶えてくれる、といったところか。
"…教えてください。あなたは本当に還る事を望んでいるのですか?還ったとしても、あなたの知る最期が待っているのですよ?"
突然の彼女からの問いに俺は一瞬怯んだ。
AIも高度になると問答をしてくるらしい。
「…俺だけじゃない。俺達は帰らなければならない。それに…、俺は戦士だ。死を恐れない。」
俺は半分嘘をついた。
本当はかなり前から帰れなくても良いと思っている。
ココに来て既に3ヶ月以上経つ。仮に帰れたとしても全てが終わったあとだろう。
それに、最新の測位結果によると、俺達は南米大陸を離れ、今は北米大陸にいる。
准尉にはこの事実をまだ伝えていない。
"…うそ。死は恐ろしい。"
"死は…あなたの愛を分かつ…。"
囁き声と吐息が、左右同時に、脳の奥へと突き刺さる。
彼女の声は様々な表情をもっていて常に聞こえ方が変化する。今の声は、さすがに薄気味悪い。
「……じゅい…?…どこ?」
薄気味悪い声が、背中で眠っていたフィを起こした。
「フィ、大丈夫か?すまない。准尉とは離れてしまった。だが、サクアモイは見つけたぞ。」
大丈夫、を言う代わりに背中から飛び降りたフィは、俺が指差す巨大装置を見て目を輝かせた。
「すげぇ!でかい!じゅいはあの中にいるのか?」
フィが嬉しそうに飛び跳ねながら叫んだ。
魚人間は成長が早く、10歳で身体が成熟する。
初めてフィを見た時、10歳くらいかと勝手に思っていたが実際は6歳だった。そのため思考や行動が、見た目よりもずっと幼い。
余談だが、逆に鳥人間は成長が遅く、身体が成熟するまで25年以上も掛かるという。
ミヤタさんも俺と同い歳くらいに見えて実は三十路突入済みらしい。
「フィ…、准尉は迷い子なんだ。後で探しに行こう。」
それでもフィは装置を指差したまま、不思議な顔をしている。
フィには状況が複雑すぎるのか。
「フィーリャ、ミャタポのお膝においで。」
見かねたミヤタさんが、助け舟を出してくれた。
自分達の言葉で状況を説明してくれるようだ。
"「准尉」および「じゅい」とは、サクラのことですか?"
会話を聞いていたサクアモイが俺達の声をトレースして話しかけてきた。
「そうだ。東方騎士団のサクラ・タナカ准尉だ。ここに来る途中に逸れてしまった。行き先を知ってるのか?」
なぜ今まで准尉の行方を聞かなかったのだろう。
認証しているのだから、サクアモイは当然、准尉の行き先を知っている。
"…サクラは、私です。"
長い沈黙の後、部屋が言った。
AIも高度になると悪趣味な冗談を言うらしい。