静寂の果てに、俺達は「サクアモイ」を見つけた。
長大な部屋の最奥で俺達が見た物、それは天井からぶら下がる超巨大な銀色の楕円球だった。
天地に伸びる長径が12~3メートル、左右の短径は7~8メートルくらいだろうか。
間近に見るとかなり威圧感がある。天井と球を繋ぐ黒いチューブは、直径1~2メートルと太い。
球の周囲には形状も大きさも異なる大量の物体がパズルのように隙間なく並べられていて、その数はゆうに500を超える。
物体の僅かな隙間を縫って球に近づくのは容易ではない。そもそも物体が固定されてるのかすら不明だ。
物体からランダムに伸びる細いケーブルも障害になるだろう。
どこから生えているのか予測がつかないし、同様のケーブルが球にも無数に刺さっている所を見ると、数が多すぎて全体を把握できないが、おそらく全ての物体と球は接続状態にある。
見た目の印象は、変わった装置。
目的のために巨大化せざるを得なかった、ただの装置だ。
「これが…サクアモイなのか?」
目の前にある巨大装置がサクアモイだと言うのなら、あまりにもチープではないか。
ケーブルを切断したり、爆破すれば簡単に無効化できそうだ。
B級映画だってもっとマシな物が出てくる。
"フィーリャ…、ゴーリオ…、ミャタポ…、待っていましたよ。"
女性の声が聞こえた。
これはスピーカーの類を通した音ではない。
すぐそばで話し掛けられているような鮮明さは、部屋の空気が、もっと言えば耳元の空気が直接音を発した、としか思えない。
"私はあなた達の母であり、友です。"
自ら「母」と名乗った事から、声の主がサクアモイでほぼ間違いないだろう。声の主と装置がイコールかは別問題だ。
それにしても、彼女の声は心地良い。
暖かくて、柔らかくて、優しくて、力強い。それでいて、どこか艶かしい。己の全てを委ねたくなる不思議な声だ。
それに、彼女の話すヴァンパイア語は美しいほど整っていて、まさに母が子に示すお手本と言える。
ゴリオとミヤタさんは、サクアモイの声に揃って驚嘆の声をあげ、その場に礼儀正しく跪いた。
偉大なる母から名前を呼ばれた事か、はたまた、友と呼ばれた事のどちらかに、心底感動しているようだ。
フィは、まだ俺の背中で眠っている。
一方の俺は、サクアモイの発する至極人間的な声、言葉、リズム、その全てが完璧すぎる事に疑問を感じていた。
俺の勘が正しければ、サクアモイはAIだ。それも、とてつもなく高性能なAI。
思考処理は恐らく量子級…、いや、もしかすると最新のメガ量子級を越えている可能性もある。
設定された性別は「女性」のようだが、わざわざ性別を主張するAIは珍しい。
本当に相手がAIなのか、確証を得るには質問あるのみ。
「教えてくれ。そこの巨大な装置が君なのか?それと、今は西暦何年だ?」
俺はフィをおぶったまま、顎で装置を指した。
"「そこの」は、FRIGGー8240V776ーUタイプーカスタム。私はそのコア。すなわち「そこの」は、私であり、私でない、と言えます。"
"「西暦」は遥か昔にあった、とても短い、人類の暦。今はもう存在しません。…あなたと同じです。"
サクアモイは「そこの」と「西暦」の部分だけ俺の声をトレースして応えた。
自らAIである事を主張するかのような、分かりやすい行動だ。
そして、2つ目の回答。
彼女は俺がどういう存在なのかを理解している。認証したのだから当たり前か。
地上でPIES認証した時、俺は2年後の自分の運命を、過去の出来事として知った。
つまり…。
俺はいま…「未来」にいる。