「マルセロ殿、風の一撃は強力です。十分に備えてください。」
ゴリオが珍しく緊張を顔に浮かべた。
ゴリオ達、動物人間の力は測りづらい。ダメージの有無は別として、体格に勝るゴリオが、スパーリングでミヤタさんやフィに吹っ飛ばされるシーンを俺は何度も目の当たりにしてきた。
それでも所詮は人間。ゴリオですら俺のスーツを破壊できないのだから、素体が更に非力なミヤタさんに破壊は難しいだろう。
それでも今は、彼女の自信に賭けよう。破壊できなくとも、一時的に停止させるくらいの奇跡は起こるかも知れない。
下準備として、装置の位置が分かるよう、ミヤタさんにグレイプニルと装置の位置を合わせてもらう。装置は円盤のど真ん中だ。
俺が考えた作戦はこうだ。
俺とゴリオは中央の装置を避ける形で左右に分かれてスタンバイ。フィは俺が抱える。
グレイプニルは自動識別をオフにして、ミヤタさんが掴めるよう先端をフック型に変形したまま固定。もちろん拘束機能もオフだ。
俺の合図でゴリオがミヤタさんを引き上げ、近づいたら底面の装置を攻撃、破壊。見えない俺から攻撃の合図を出す事ができないので、ここだけはミヤタさんの判断に任せる事になる。
攻撃が有効なら、重力が戻り落下が始まるはずだ。
攻撃後、ミヤタさんには持ち前のスピードを活かして可能な限り遠くに退避してもらい、俺とゴリオは5メートル程落下してから、俺の合図でそれぞれ逆方向に飛び降りる。
俺達3人が飛散する方向は、ミヤタさんを縦棒にすると「T字」になる。
「分かりました。合図でミャタポを引き上げて、合図であちらへ飛び降りる。大丈夫です。」
ゴリオの返事は気持ちが良い。
「私は破壊後に退避いたします。その後はご自分達で乗り切ってくださいませ。ただし、フィーリャに何かあったら許しませんよ?くれぐれもお忘れなく…。」
ミヤタさんの返事は刺さり具合が良い。
作戦は定まった。2人も正しく理解できている。後は実行するだけだ。
俺は深呼吸してから作戦開始の号令を上げた。
円盤が一瞬揺れる。
揺れの原因はミヤタさん分の負荷か、ゴリオの踏込みか、のどちらかだろう。
「はぁぁぁぁっ!」
ミヤタさんの気合いがクリアに響いた。つまり彼女は、重力制御圏内にいる。
次の合図に備えて身構えた、その時。
ミヤタさんが現れた。
彼女は生身で、いとも簡単に、それこそ金魚すくいの「ポイ」を破るように、金属を突き破ってきた。
踊っているだけだと思っていた彼女の両腕が、虹色の風を纏い、輝く。
ミヤタさんは素早く身を翻すと、手に持ったグレイプニルで俺達を拘束し、余計な部分を「いとも簡単に」カット。それから、重量落下を利用して更に加速した彼女は、俺達を引き連れて円盤から飛び立った。
あくまでも俺の体感になるが、現れてから飛び立つまで3秒かかっていない。
ミヤタさんは勢いを保ったまま部屋の奥へと滑空を続け、俺とゴリオを引き摺りながら、自分だけは可憐な着地を決めた。
遥か後方から金属特有の鈍い衝突音と、バチバチと電気部品のショートする音が聞こえる。
「作戦変更いたしましたわ。」
腕組みスタイルで振り返ったミヤタさんは、涼しげに言った。
一難を超えた俺達は部屋の奥を目指す。
フィは俺の背中で眠っている。
無機質な部屋は不気味なほど音がしない。
何が起こるか分からない緊張のせいか、空間を支配する静寂のせいか、俺達はひたすら無言で進む。
俺は…。
俺だけは、無言になる、別の理由がある。
方法は分からないが、動物人間達は仲間になる際、彼らが「サクアモイの言葉」と呼ぶヴァンパイア語を代弁者から授かっている。授かったと言っても識字はできないらしく、PIESに表示された文字を見ても無反応だった。
ミヤタさんに破壊される直前まで、PIESに表示されていた文字。
その文字が俺を無言にさせる。
"西暦2020年2月8日、不帰除隊"
"アクセス拒否"
"アクセス拒否"
PIESが繰り返し教えてくれた。
俺は、2年後の誕生日に予定通り死ぬ、と…。