円盤の降下は続く。

 俺はフィを潰してしまわないよう、腕と脚にできる限りの力を込めて身体を支える。

 真っ直ぐ降りているようで、そうでない気もする、不思議な下降感だ。


 円盤の降下は3分ほどで止まった。
 俺達を乗せた円盤はガラスの壁と空気圧から解放され、今は天井と床、そう表現するのが適当な隔壁のちょうど中間辺りに静止している。
 中間とは言え、下の隔壁までは目測で10メートル以上ある。ミヤタさんならまだしも、俺やフィが飛び降りるには高すぎる。

 それにしても、俺の目に映る人工的なこの佇まいは一体なんだ。
 原始的な地上から一転して、地下は機械的な灰色の景色が広がっている。

 

 灰色の隔壁は上下だけでなく、前と左右にも。だが、後ろには見えない。

 要するに、ここは部屋だ。
 それも先が見えないほど長大な部屋。俺達はこの長大な部屋の端の方に降りたらしい。

 

 ゴリオ達、動物人間の面々は、口々に「あれは星か?」などと、頭上の隔壁を指差して大騒ぎだ。彼らはフォトンバクテリアを知らない。



「マルセロ様、様子を見て参りますわ。」

 言い終わるよりも早く、ミヤタさんは両手を広げている。

 ここは彼女に任せるのが得策だ。

 

 しかし彼女の足が円盤から離れた瞬間、異変が起きた。


「ミャタポ!」

 ゴリオの伸ばした手が空を切る。
 あらぬ方向に翼を曲げバランスを崩したミヤタさんは、そのまま失速、落下した。

 

『風の民である彼女が、風を読み誤った!?』


「ミヤタさん!無事か!」

 淵から下を覗くと、ミヤタさんは何事もなかったように、いつもの腕組みスタイルで床に立っていた。

 

 

「私は平気ですわ。いったい、なぜ風が…。」

 

 と、彼女は険しい顔で部屋の奥を睨んだ。

 


 彼女のあの失速の仕方、俺は身に覚えがある。

 重力制御で滑空走行するホバリングバイクだ。
 バイクに触れている間は運転手自身も重力制御の影響下に入る。
 しかし、離してしまうと重力下に晒されることとなり、身体が反射行動を取るまでの一瞬の間だけ重力が全身を襲う。

 ミヤタさんが落下する際に見せた翼の曲がり方は、予測していなかった重力に反射が間に合わなかった証拠であり、常人ならそのまま床に激突していただろう。
 今回は、彼女が日頃から風に乗り、重力を全身に感じている風の民だった事が幸いした。

 とは言え、重力制御が働いているのは、かなりまずい状況だ。
 足が離れた瞬間、重力の衝撃でスーツのエアバッグが起動してしまうため、役に立たない。

 

 俺をクッションにして3人で飛び降りる、最も簡単な解決策が真っ先に消えた。



「マルセロ殿!フィーリャの様子が!」

 ゴリオが叫んだ。振り返るとフィがゴリオの腕の中でうずくまっていた。

 凶事に限って、いつも続けて起こる。