二階堂マリナは歓喜した。

 壊れかけた端末が登録生体情報発見を知らせる。
 見つけた登録生体は1つ。時速3.2キロでNNE(北北東)から、こちらに移動してきているようだ。

 シェルターを出て2時間半、マリナはやっと味方に巡り会えた。
 自分の生体位置情報のステルス設定を解除するよう、慌てて壊れかけのぐりふぉくんに指示する。


《シェイクハンド、完了♪フレ、は、今回、も、やめとく?》

 シェイクハンドとは、所属違いの端末間で連携するために近接端末同士のIDを事前交換しておく機能。
 今回の場合は、接近中の彼、または彼女が、東方騎士団所属ではない事と、伍長であるマリナと同じ下士官級、もしくはそれ以下である事を意味している。
 向こうが尉官級以上だった場合、上官特権によりこちらの情報は筒抜けになるからだ。
 ちなみにシェイクハンド後のネーム公開やフレンド申請は、特別指示されていない限り、各個人の判断に委ねられる。


「…ネームだけ。フレはブロック。」

《マリ、珍しい、ね?》

 上官からのパワハラを除いて、マリナは今まで一度も顔見知り以外にネームを公開した事がない。危機的状況が、少しだけ彼女を開放的にさせたのかも知れない。
 ネームを公開するとお互いの所属と氏名だけが閲覧できるようになる。

"中央騎士団・第7遊撃隊所属"
"アンドリュー・フロレスク"

 公開された情報によると、相手は男性のようだ。
 マリナは、なぜ中央の兵士が?、と一瞬だけモヤっとしたものを感じたが、彼女自身も同じ立場にあるので、深く考えない事にした。


《メッセ、来たよ。読む?》

「お願い…。」

 前々から、すぐ近くに居る者同士が端末経由でやり取りするのはバカらしい、と思っていたマリナだったが、これは距離感を探る一種の儀式なのだ、と此の期に及んでその心理を理解した。


"よろしくお願いします!ViPのMARINAさん??ツリですか!?"

 当然の反応だ。
 戦場でたまたま近くに居た相手が、偶然にもアイドルだった、なんて事は普通ならあり得ない。


「ほんもの。端末壊れました。…ぐりふぉくん、Reはビデオで。」

 

 変身すると色が変わる方の瞳を片手で隠す、いわゆる「MARINAの決めポーズ」をしながら、なのは言うまでもない。

 マリナの手の甲にはホログラムプロジェクターがインプラントされていて、決めポーズをするとViPのロゴやその時の気分がアイコン化されて映し出されるようになっている。口数の少ないマリナの、重要なコミュニケーションツールである。

 


《OK♪ちゃんと、撮れて、ない、かもよ?》

「…わかってる。…だから、壊れたって言った。」


 証明のために、とビデオメッセージを送信したのは失敗だったか。
 送ってから数分経つが、相手からの返事はない。マリナは1分間の長さを改めて実感した。
 余談だが、同じ時間を長く感じたり、短く感じたりするのは、心拍と体内時計のズレが原因、というのがヴァンパイア界の通説になっている。

 ボロボロの姿で、本物だ、と言われて誰が信じるものか。
 自分がファンだったら、幻滅するかも知れない。



"そちらに行きます。待っててください!"

 待望の返事は「あっさり」していた。

 やはり幻滅されてしまったようだ。



 彼、フロレスクは軍服姿で現れた。
 特殊スーツなしで良く生き延びられたものだ、と自分を棚に上げて感心してしまう。


「自分は中央第7遊撃隊所属のフロレスク上級兵長であります!

 MARINAさん!お目にかかれて光栄です!あの、もしよかったら、後でサインください。」

 改めて名乗った男は、ウェーブがかった黒髪と青い瞳が印象的な好青年。彼を一目見ただけで、爽やかな人だな、とマリナは思う。
 年齢はマリナより少し上か、同じくらいか。初対面で彼に嫌悪感を抱く人は少ないだろう。どちらかと言えば、マリナの好みのタイプだ。
 南米基地に居る理由を聞きたかったが、事情で「話せない」のが軍人の常。マリナは彼に問うのをやめた。


「こんな格好で…すみません。ボク…私は、東方特2の、二階堂伍長です。こちらこそ…です…。」

 いつもレイナに任せっきりだったせいで、マリナの自己紹介は酷く辿々しかった。酷い自己紹介のお詫びの意味を多分に込めて、必要以上に深々と頭を下げる。

 下を向いたマリナは知った。
 自分の目頭が熱いことを。今にも涙がこぼれ落ちそうだ。

 

 生き延びて、こうして再び人と会話できている事が、何よりも嬉しかった。



「伍長はどちらに向かわれるのですか?」

 泣き出しそうな気配を察したのか、フロレスクは努めて軍人らしく聞いた。


「ボク…、南西を目指して、ます…。妹が、怪我を…、再生が間に合わなくて…。南西なら…、まだ医療カプセルがあると。」

 初対面なのについ話してしまった。
 彼には、話しても許される、こちらにそう思わせる独特の雰囲気がある。



「そうでしたか…。お辛いのに聞いて申し訳ありませんでした。妹さんは…、REINAさん、でしたっけ?今はどちらに?」

「…。エリアE7…、です。南東のシェルターは…、もうそこしか。」

 また、つい話してしまった。
 黙って頷いていたフロレスクは、立ち上がり、それから力強く宣言した。


「伍長、私がご一緒しましょう!」

 なんと爽やかで、なんと頼もしい好青年だろう、とマリナは改めて思う。



「私がご一緒して……」

 フロレスクの瞳が前触れもなく裏返り、白眼を剥いた。