「…分かりました。ふぃを…フィーリャを連れて行きましょう。曽祖父は死ぬ間際、生まれたばかりの自分に言ったそうです。…急がば回れ、と。故郷の格言らしいです。」
マルセロさんがRPGサイドに落ちたーーっ!
つーか、急がば回れって…、言うほど大層な言葉じゃないし。曽祖父が、ってことは日系三世?…あ、四世か。
「やはり感じておられましたな。フィーリャにはサクアモイの言葉を授けておきましょう。失礼します。」
「ふぃ、ゆぁにちちか、しらっあんばか、ぅかあまむむひか。にむけっかかんや。」
ッタタさんは、少し時間が掛かります、と付け加えてから、ニコニコ顔のふぃを連れてラメ布の向こうへ消えた。
少し時間が掛かる、と言われたものの、どのくらいがッタタ的な「少し」なんだろうか。爺のスリープ具合を見るとそろそろ30分経つ。
私的には、もう「少し」待った!
「…准尉…申し訳ありませんでした。任務があるのに勝手な事をしてしまって…。」
私の前に姿勢良く立ったマルセロさんが、深々と頭を下げて言った。
私は彼の頭に向かって首を横に振って応える。私と彼の身長差なら、私の頭の動きがギリギリ見えるはずだ。
それにしても、よく30分も沈黙に耐えられたものだ、と彼の辛抱強さに感心してしまう。
私だったら1分で喋り出していた。喋れないけど。
あ、背中の傷…。
私は頭を下げる彼の横に立ち、左肩と腰にそっと手をおいた。そのままの姿勢でゆっくりと背中の傷に顔を近づける。
私の吐息が背中にかかる度、彼の鼓動が強く、そして速くなる。
それから私は、彼の傷口を舐めた。
何度も舐めた。
マルセロさんは最初だけピクッと反応したが、その後は動かず、じっとしていた。
微動だにしていない彼の呼吸は、不自然に荒い。
彼の血はとても…、とても甘かった。
いつまでもこうしていたい、そう思った。
私の呼吸も不自然なほど荒い…。
「じゅい!ませお!終わったよー!」
おかしな方向になりつつあった雰囲気をブチ壊したのは、両手を広げてラメ布から飛び出してきた、ふぃ改め、フィーリャだった。
終わった、と言ったフィーリャのヴァンパイア語は、マルセロさんのそれよりも随分と聞き取りやすい。
「…ねぇ?2人とも、何してたの?」
パッと離れたが、改めて聞かれると、なんでだろう…。すごくバツが悪い。
これは子供の頃、夜中に起きて両親の部屋へ行った時に私を包んだ空気…。
そんな空気が、幻想的な水中洞窟に流れている。