下だけスパッツマンになったマルセロさんは、仕上げに目印らしい三股の木に向かってグレイプニルを投げた。
 グレイプニルはその自動識別機能で目印の木を拘束対象と判断し、木を締め付ける力でボートをぐんぐん引き寄せる。
 ボートはものの数秒で木の根元に到着した。水の上を走らせるだけとは言え、直径2mmの糸とは思えないパワーだ。



「爺、准尉を頼む。」

 マルセロさんはそう言い残して、水の中へ消えた。

 爺を見る。水面に浮かぶ爺が、モフモフの手で「おいでおいで」をしていた。

 

 なんでかイラっとした私は、鎧を着たまま水に飛び込む。
 鎧の重みで沈んでいくから、ぶっちゃけ爺のヘルプは要らない気がする。

『あ、上がる時は爺が居ないと無理か…。』


 水中には沢山の魚達が泳いでいた。

 太陽の光を鱗に受けて、切り返す魚達が銀色に煌めく。
 それにしても、ここの水は本当に透明度が高い。まだ水面近くなのに20m先にいるはずのふぃがしっかりと見える。

 

 ふぃは歪な四角い穴の前で私が到着するのを待っているようだ。
 マルセロさんの姿は見えない。恐らく穴の先に向かったのだろう。私達は5分以上も水中に居られない。

 早くも苦しくなってきた私は、爺を掴み、もう無理、のジェスチャーをした。

 

 爺が本気を出すと、ふぃよりも速い。あっという間にふぃの横を通り過ぎる。

 穴の中はすぐ上向きに曲がっており、ソナー探知を怠っていた爺が急カーブしたせいで、歪な入口のフチに、ガツンと、鈍い音を音を立てて、足がぶつかった。

 

 鎧脱がなくて、まじ良かった!

 曲がった直後から水圧が和らぐ。水面が近い。

 空気に触れて反射的に閉じた目を開けると、そこには一足先に到着していたマルセロさんの手があった。

 

 私は見ないで、その手を取る。

 マルセロさんの手は、とても大きい。



 これは水中洞窟ってやつなのだろうか。ヤケに明るい。壁全体が結構な光度で光っている。
 この構造で空気があるのは洞窟内の気圧が一定値以上に保たれているということ。どこかで空気が循環されているようだ。


 水からモゾモゾと上がった私とは対照的に、ふぃはイルカのように勢い良く飛び出して華麗な着地を決めた。
 納得のいく着地だったようで、満面の笑みを浮かべたふぃは、1人で洞窟の奥へと駆けて行った。

 ふぃが見せた屈託のない笑顔に、理由も分からず、私の心が軋んだ。