『皆さん、顔を上げてください。』
噴き出した住民達はざっと100人くらい居た。
長と思われる男性が1人、ポツンと先頭にいて、他の住民達は男性の後ろに10人1列で並んでいる。全員土下座スタイルなので後頭部しか見えない。
住民達が綺麗に並んで土下座しているのは、私と爺がさっきまで遊んでいた水辺だ。住民達は、数分ほど前に大量の水と一緒に「降って」きた。
なぜ土下座をしているのかは分からない。落ちてきた彼らが自主的に始めた事だ。
『皆さんが噴き出したのは、私がそれを狙ったワケじゃなくて、遊んでた「ついで」の結果です…。ところで、皆さんは人類であってますよね?』
という「簡単な内容」をジェスチャーで伝えてみたけど、反応なし。
土下座中の彼らは一切こっちを見ていないので伝わるわけがない。まあ、見ててもたぶん結果は同じだと思うけど。
役立たずの私ではラチがあかないと思ったのか、マルセロさんが腰を摩りながら先頭で頭を下げている男性に近づく。
その痛みはさっきの衝突が原因すよね?まじゴメンなさい。
「私達は、南米基地から来た。帰りたい。ここはどこだ?」
マルセロさんは、男性の肩を叩き、顔を上げるように促してから、スペイン語で話しかけた。
男性から明確な返事はなく、アワアワして頭を水底に擦り付けるばかり。
「私達は、南米基地から来た。帰りたい。ここはどこだ?」
マルセロさんが再び男性の肩を叩き、今度はヴァンパイア語で話しかけた。
今度も男性から明確な返事はないが、アワアワするではなく、ただマルセロさんを見たまま硬直している。
心なしか、後ろの住民達も静かに騒ついているような。
「あふそうぃずり!ゔぇんご!ゔぇんご!うごごごごご…ppdwkj」
1人の少年が立ち上がって、マルセロさんを指差しながら叫んだ。
彼の両親が慌てて押さえつけてしまったから、最後は水中でブクブクと言うだけでよく聞こえなかったけど、元々知らない言葉だし、聞こえてたとしても理解度は変わらない。もしかしたら、あの少年は空中で私を指差した子と同じ子かも知れない。
それにしても、間近に聞いても少年が何語を話したのか全く思い当たらない。私の右肩に乗る爺を見る。
爺はすでに、モフモフの両手を上げて、首を横に振るスタンバイをしていた。
『見る前からお手上げっすか!そうだよねー。セクシー女優と少尉の情報しか持ってないもんねー。』
「あの少年は何かを知ってそうですね。連れてきますか?」
マルセロさんの言葉に対して、私は首を横に振る。
少年を連れてくるのは間違っている。私達の方からあちらへ行くべきだ。
住民達を刺激しないよう、私はゆっくりと水辺を進んだ。
私が一歩進むと、住民達はなぜか一斉に同じ分だけ後ずさる。マルセロさんが近づいた時は動かなかったのに…。
そういえば…、私は5日間お風呂に入っていなかった。だからって、そこまで臭うか!?
最終的に水辺に残ったのは、少年とその両親、そして私だった。
私は少年の前にちょこんとしゃがみ込む。
父親が少年にしがみ付いていた母親を無理やり引き離し、両親は少年を置いて1メートルほど下がった。
両親から解放された少年は、その場に正座して私に好奇の目を向けている。まだ10歳くらいだろうか。
思えば住民をちゃんと見るのはこれが初めてだ。
率直に言えば、彼らは人類だと思う。外見は基本的に私達と似ている。
彼らは色黒で目が大きく、瞳は赤い。まばたきをしない代わりに、目の下側から透明の膜が上下する。
耳は小さめで毛深い。額から鼻にかけて起伏が少なくて全体的に滑らか。鼻孔は縦に細い。
口は標準的な大きさが、チラッと見える歯はどれも牙のように鋭い。
顔をパーツ毎にピックアップすると似ていない。だけど、全体的に見ると似ている。
身体のサイズは、大柄な男性で素足の私と同じくらい。彼らの中にマルセロさんが立つと巨人だ。
全員ちょっとポッチャリさん。手足が大きくて、指の間には透明な水掻きがヒラヒラしてる。
彼らはちゃんと服も着ている。簡単に言うと、全員がラメラメの水着だ。
サーフパンツとビキニ。娘さんもおばちゃんもおばあちゃんも、女性はビキニ着用。
ポッチャリしててもビキニ!
聞いたことはないけど、水棲に適した人類種だと考えれば、まぁまぁ納得できる。
少年が水の滴る掌で私の頬に触れた。
遠巻きに見ていた「その他大勢」から、どよめきが上がる。
私は少年の大きめの手に自分の左手を重ね、微笑んだ、…つもり。
『君の手は冷たいね。私の手は暖かい?』
少年が頷いた。
『私の声が聞こえるの?』
少年がまた頷いた。
『君は何を知っているの?近くに私達の言葉を話す人がいるの?』
少年は頷かなかった。
代わりに勢いよく立ち上がると、両親の方へ振り返ってボソボソと何かを言った。
少年の言葉を聞いた母親が、なぜか泣き崩れる。
「ふぃ、おらぇわ、えぃしょむるわっじょ!」
それから少年は、「その他大勢」に向かって何かを高らかに宣言した。
ちなみに、雰囲気が宣言ぽかったというだけで、本当に宣言だったのかは分かりません。
スッキリした顔の少年が私を見上げてニコッと笑う。
私もそれに笑顔で応えた、…つもり。
少年は私の左手を強く握ると、水飛沫を上げて駆け出した。
私達の足が土を踏む頃、母親の泣き声は大号泣に変わる。