《姫様!爺は、ハイドロカ…キャノン、を、習得、しました、ぞ!》

 爺が意味不明な事を言った。

 

 厨二病に罹ったのでしょうか。
 私は人差し指で、チョイチョイと「かかって来い」の合図を返す。
 どうせ水鉄砲のくせにぃ。てか、AIのくせに吃ってやんの。


《後悔、しても、知り、ません、ぞ!…はぁぁぁぁぁ!》

 爺は急加速して私から100メートルくらい離れると、顔の前でモフモフの手を合わせ、パワーを溜める「フリ」を始める。
 いかにもそれっぽいけど、その腕に内臓されてるポンプじゃ100mも飛ばないんじゃね?


《はぁぁぁぁぁあ!》

 爺のフリはなかなか終わらない。
 私は、飽きてきたぞ、早くしろ~、の意味を込めてヒラヒラと手を振る。


『あれ?なんか水面が低くなった?…もしかして…マジで「ハイドロカ…キャノン」できるの?
 どんだけハイスペックなんだよ!私、再生しなくなったんだけど、爺はそこんとこ知ってるよね?
 そもそも人に向かって撃って大丈夫な技なんだよね!?』

 リンクモードでない事が悔やまれる。
 すでに足首まであった水辺の水嵩が1センチほど下がっているような。



《…ハイドロカ…キャノンッッ!》

『声低っ!技名自体が吃ってんのかぃ!いや、そうじゃなくて、その技…。』

 音を聞いた瞬間に、ヤバイ!、と思った。
 2センチしかないモフモフの手から発射されたのは、直径1メートルほどの超速回転する水塊。
 水なのに、テッカテカに黒光りしまくり!


《数万t、の、水、を、超圧縮、して、おります、ぞ!》

『おりますぞ、じゃねーよ。数万トンって、何倍に圧縮してんの!?
 当たったら…たぶん、また5日寝込む…。いや、死ねる。どうしよぅ?』

 避けられなくはないけど、避ければ、木陰のマルセロさんに直撃する。
 悪い方にナイスなポジショニングをしている彼に、ランスを投げつけてやりたい気分だ。


『…ハイドロカ…キャノン(正式名称)を吹き飛ばすしかない!』

 


 私はお腹の奥深くに息を吸い込んでその時を待つ。


 遠すぎてもダメ、近すぎてもダメ、何事も距離感が大事。…ポジショニングも大事。


 水塊の回転を肌が感じるくらいの距離…

 

 

 まさに「今」が絶妙な距離感だ!


 私は女神の自分に出せる、最高音域かつ最大音量の歌声を水塊にぶつけた。


 …!!

 それは私の耳ですら捉えられない超高音域の巨大な音波だった。

 水塊と音波がぶつかった衝撃に私なんかが耐えられるわけもなく、反発する磁石みたいに弾き飛ばされて、真後ろの木陰でエロい事を考えていた(憶測)マルセロさんを、今度は引き合う磁石みたいに巻き込んだ。

 2人仲良く死んだね♪、と思ったけど、彼の着るチートスーツに内蔵された高性能エアバッグのお陰で、私は地面にランスを突き立てる事ができた。
 一方のマルセロさんも、木を2本なぎ倒しただけで、死なずに済んだ模様。


 結果として、私の「思いつき技」は成功した、のだと思う。
 超圧縮された大量の水は、歌声とぶつかった瞬間、上空に向かって吹き飛んだ。

 

『今の私、気合いでエネルギー弾を消す、ピッコRさんっぽかった♪』

 そんなことを考えている私に、新たな問題が降りかかる。

 

 

 私達の遊んでいた周辺の水が物の見事になくなっていた。


 衝撃は当然のごとく水面にも影響を与える。
 上空へと吹き飛んだ水塊に引き寄せられて、辺りの水がどんどんと上昇していってしまったのだ。

 

 ちょっと気持ち悪い小魚が、水のない水底でピチャピチャと、炭酸飲料の泡のようにはねる。


『あーあ、スコールみたいに全部降ってくるね。』

 上空に浮かぶ、うねうねと蠢く水塊を見ながら、私はのんきなもんだ。

 濡れたって、汚れたって、どうせ私は、数分で元の真っ白な身体に戻る。

 

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 大砲の発砲音が前触れもなく轟いた。

 私は反射的にランスを構え、辺りを警戒する。のんきなくせに、ちょっとだけ軍人らしくなってきているようだ。

 

 すぐに状況を理解した私は、警戒を解いて、次に起こるであろう問題の解決策をのんきに考える。

 

 

 発砲音の正体は、住民達が潜っていった穴から水が噴き出した音。

 穴から水が噴き出したということは、つまり、中にいる住民達も一緒に…。

 

 

 ポンッ!

 

『ほらね、飛び出してきた。』

 

 

「うぃらーそらー!めるあられれるっあーとー!」

 一番最初に噴き出した男の子が、アクロバティックに私を指差しながら、よく分からない言葉を叫んでいる。