『えぇぇ!?変身が解けない!?』
いくら寝覚めの悪い私でも、さすがにこれは覚醒する。
「あぶない!」
ガツンッ!
覚醒と同時に立ち上がったら、思っていたよりも天井が低かった。
『痛ッ!思いっきりぶつけた…。タンコブできたかも。あーあ、血が出てるじゃん。』
血は出るのに涙は出ない。不思議な身体だ。
蹲りながらそんな事を考えていたら、マルセロさんが慣れた手つきで傷にキュアエイドを塗ってくれた。
入口付近に変な形の果実がたくさん転がっている。
「すみません。先に言っておくべきでした。」
『傷薬なんて久しく使ってないからチョー滲みるぅーぅ!』
頭の中でいくら大騒ぎしようとも、女神は無表情だ。
本当は手足をバタバタさせたいくらい滲みているけど、無表情でやるとサイコな画になりそうのでグッと堪えている。
「しかし、貴重な体験をさせてもらってます。」
頭上に「?マーク」が表示されていたのでしょうか。
私の顔を見るなり、マルセロさんは私の背中と頭を指差して、こう言った。
「准尉の…金毛種の手当てです。」
マルセロさんに言われて、ハッとする。
確かに、頭から「真っ赤な血」が出ていた。
真っ先に頭に浮かんだのは「Vマイクロム消失の可能性」だったけど、その可能性はすぐに除外した。
喋れない事、ベッドに広がる豊かな金髪、そして、視界に入る全ての要素が、私の女神姿を証明しているからだ。
念のためにと振り返って背中を見る。
そこに翼はなかった。
正確にはある。あるけれど、翼はなかった。
翼の根本に相当する上腕骨が途中から折れていて、その先にあるべき翼が見事になくなっていた。
傷口に包帯が巻かれてるせいで動かしにくいけど、根本だけなら一応羽ばたくこともできる。
今の私は、再生しなければ、飛べもしない。
言うなれば、背中から何かが生えている「ただの美人」である。
喜ばしい事ではあるけれど、ヴァンパイアとしては全くの役立たずになってしまった。
『それにしても、マルセロさんは包帯巻くの上手だなぁ。ん?あれ?私…鎧着てない…。』
「自分なんかを助けたせいで、准尉は大切な翼を失ってしまった…。申し訳ありませんでした。でも…、本当に感謝しています。」
感謝の意を述べながらタンコブの手当を終えたマルセロさんは、私を見るなりハンパないスピードで後ろに飛び退くと、2メートル離れたところで平伏した。
「み、見てません!
いえ、嘘です!見ました!
だ、だだ、大丈夫です。とても綺麗でした!
あ、いや、そうではなくて!傷の手当のために!すみませんでした!」
私は白金の鎧を身に付けていなかった。
鎧の代わりに真っ白な包帯が胸部から背中にかけて、ぐるりと巻かれている。
つまり…、この状況が語るのは、上半身を余す所なく見られた、ということ。
気づいてしまった私は、無意識のうちに上半身を守る姿勢を取ってしまい、それを見たマルセロさんが飛び退いた訳だ。
「じ、自分は!そ、外に出てますので、着替えてください!」
マルセロさんは早口で言うと、顔を背けたまま洞穴の外へ飛び出していった。
『まぁ、不可抗力だし仕方ないか。感謝しなきゃならないのは私の方だし。とりあえずインナースーツを着よう。』
私は、いつもより露出の少ないインナースーツを着た、ショートヘアの自分をイメージした。