二階堂マリナの端末が未登録生体の接近シグナルをキャッチした。
 北北東から時速48kmで接近するシグナルが3つ。敵兵だ。

 マリナの専用端末、ぐりふぉくんは爆撃から逃げ惑う群衆に踏まれて壊れてしまった。

 

 最初はそれなりに使えていたが、操作するうちに肝と言えるビジュアル入出力が死に、いつの間にかフニフニの肉球がたまらない右手足は消えていた。
 指先に埋め込んである補助端末で操作を試みたが、外付けのリンクユニットが破損したのか、応答すらない。
 リンクモードなら万事解決できるが、肝心のリンクニードルは失った右手に内蔵されていた。

 要約すると、辛うじて生きているのは音声入出力だけだ。こんな状態でも使えるその頑丈さだけは評価に値する。



 瓦礫に身を隠す動きが板についてきた、とお尻をスルリと潜り込ませながらマリナは思った。
 敵兵と遭遇する度、彼女はひたすら瓦礫の中で息を殺してやり過ごす。
 生き延びた人達が集まるシェルターを「1人」で出てからずっとだ。

 

 1人ぼっちのマリナに敵兵を迎撃する力はない。双子の妹、レイナが隣りにいたとしても、血液ストックがない以上、状況は変わらなかっただろう。
 むしろ2人で隠れる方が見つかるリスクは高いと言える。

 マリナは瓦礫に身を隠す自分の身体をマジマジと見る。
 身体中どこを触っても泥だらけ、ホログラムパウダーで施したメイクは泥に負けた。
 小汚い布切れに成り下がったステージ衣装は、守って欲しい所すら守れりきれていない。

 

 何がアイドルだ、ただの小汚ない娘じゃないか、と彼女は誰に言うでもなく呟いた。
 それでも、ドブネズミのように身を隠さなければならない状況に陥ってことで、小柄に産まれたことを生まれて初めて幸運だと感じている。

 

 レイナも同じ事を感じたかな、と考えた途端、マリナの涙腺は意図せず決壊した。


 至極機械的な接近シグナルは、涙目のマリナを他所に早まっていく。

 

 もう間もなく、敵が目の前を通過する。

 

 

 マリナは、鼻をすすり、涙を拭った。

 敵が通るであろう一点をジッと見つめ時が過ぎるのを待つ。

 

 負傷した妹のため、彼女は一刻も早く、被害の少ない南西区画に行かなければならない。