破線ゾーンの通過は、実際の時間にしたらきっと一瞬だったと思う。
その一瞬の間は、ずっとスローモーションの中にいるような不思議な感覚だった。
スローモーションの中で私は、急停止、急加速、急浮上、急降下、ロール、スピン、できる限りの回避行動を、何度も何度も繰り返し、身体の位置が変わる度、シールドが見えない何かに深く切り刻まれた。
切れる時に感じる圧が、全て紙一重で躱しているのだと教えてくれた。
《パルス帯は抜けましたぞ。ギリギリセーフ♪でございますな。》
右スピンなのか、急浮上なのか、分からない飛行をしながら爺が言った。
その瞬間、シールドがチャイナドレスのスリットみたいにビリっと裂けた。
私は、左のランスとシールドを捨て、右のランスだけを胸にしっかりと抱く。
『1本だけでも最高速で突っ込んでやる!』
《了解ですじゃ。》
翼が折りたたまれた。
真っ直ぐに重なった青と赤の線に沿って、私は全速で急降下する。
『あれ?』《あれ?》
"ピピッ…飛来物0。着地点情報更新…未登録生体数0、登録生体数5…。1500ミリsec後、着地。"
ズドドンッ……!
まるで隕石が落ちたような盛大な音が鳴り、音に負けない勢いで土埃が舞い上がる。「私」の着地は、小さなクレーターできるほどの衝撃だったようだ。
そんなわけで私は、箒に跨って飛ぶ魔女っ子よろしく、ランスに跨ったままクレーターの中心に突き刺さっている。
決して私が隕石級に重いわけではない。ランスの鋭さと速度のバランスが良かったせいだ、と思いたい。
顔を上げると、クレーターの淵で少佐がお腹を抱えて笑っていた。
《少佐からビデオメッセージで届きましたぞ。》
『再生して…。』
私は魔女っ子のまま言った。
ーーーーーーーーーー
一部始終を記録した動画が、頭の中に浮かび上がる。
「お姫様が旋回した!パルス撃たれる前に潰すぞ!」
敵兵の注意が私に向いたのをキッカケに、少佐達が突撃を指示した。
少佐の狙いは、初めから突撃だったわけだ。
『投げられた私は…おとり…。ふふふふふふふ。』
《さすが姫様、おとりに使われるほどお美しいですじゃ!》
爺が不要な相槌を打った。気遣いを覚えつつあるらしい。
動画は進む。録画しているのは通信兵さんのようだ。
取っ掛かりとして、中央からオーク姿のベアトリスさんが飛び出し、巨大なビルの瓦礫を投げた。
超原始的ではあるけど、効果範囲は下手な爆弾よりも広い。
瓦礫に少し遅れて、右からガテン系のお兄さんが、左から寡黙な人が突撃を始める。
少佐の姿が見えない。
『いた!ベアトリスさんが投げた瓦礫と一緒に飛んでる!てか、少佐はどうやって飛んでるの!?』
《アクセラレーターを使用したジャンプですな。》
『ジャンプ!?マジで?』
《マジですじゃ。》
巨大な瓦礫と左右からの突撃で、陣形を崩されたアメリカ兵達だったが、さすがは人類最強を自負する軍隊だ。
瓦礫が自陣中央深くに落ちる、と判断した彼らは、全体を前寄りに変えて散開すると、左右の突撃と飛来する女神を迎撃する布陣に切り替えた。
ここで通信兵さんの声が入る。
「少佐!パルス撃たれました!お姫に6発です!」
「敵もさすがだな。ベア、金毛種はパルス平気なのか?」
「知るわけないじゃないですかー。」
少佐の問いかけに「適当」に答えるベアトリスさんの声もバッチリ入っていた。
「避けてますね。パルスは平気ではないようですが、攻撃は平気そうですね。」
寡黙さんかガテン兄さんのどっちかだと思う。
「よし、あとは俺が仕上げる。お前ら、俺の弾に当たるなよ!」
「りょー♪」
「ベアの後ろにいます、ご安心を。」
「2歩しか突撃してません。」
「同じくまだ3歩目です。」
少佐の声に続いて、みんなの自由な声が聞こえた。
順番に、ベアトリスさん、通信兵さん、寡黙さん、ガテン兄さん、だと思われます。
寡黙さんとガテン兄さんは口数が少ないので区別しづらい。
瓦礫が通り過ぎると、アメリカ軍の布陣が中央から不自然に崩れ始めた。
少佐が敵陣中央に向かって2丁のマシンガン連射しているからだ。マシンガンは、左右対称に弧を描きながら両翼へと動いていき、少佐の着地と同時に2丁が両翼を向いた。
マシンガンの動きは、少佐の前に見えないレールがあるのかと錯覚するほどに滑らかだった。
ドラムロールの様に続いていた銃声の余韻が消える頃、最後まで立っていた2人の敵兵が同時に崩れ落ちる。
「あとは、お姫の華麗な着地を見届けるだけだな。」
空を見上げる少佐が言うと、遠くから飛行機のそれに似たキーン音が聞こえてきた。
キーン音の正体はきっと私だ。
ズドドンッ……!
「すげぇ音!隕石みてぇ!」…ピッ
動画は通信兵さんの声で終わった。