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「あぁん…。」

 吸血してたら衛生兵さんがいきなり艶かしい声を出したもんだから、ビックリして翼が取れそうになりました!
 衛生兵さん曰く、女神様…す、すごく…あぁ…お上手ぅ…、らしい。
 テクニシャンなのは私ではなくキラちゃんだ、と私は口を拭いながら思った。



「…お前ら、何してんだ?」

 すかさずカットインする少佐の声。
 少佐は、その高性能エロレーダーをオフにしたら、もっと活躍できると思う。


「少佐、こちらは準備OKです。」

 衛生兵さんは少佐を軽く無視した。


「了解。ベアトリス!やれっ!」

 無視された少佐から特別な反応がなかったので、これが彼らの日常なのだと良い意味で理解しておこう。
 少佐の言葉を受けたベアトリスさんは、うずくまったままこちらに背を向けると、黒毛種独特の黒い輝きに包まれた。

 

 名前がベアリングさんなワケないよねー。てか、彼女の背中がふた回りほど大きくなったような?

 


 振り向いた彼女は、全く別の生命体に変貌していた。
 下顎から大きな牙が2本生えた豚鼻の顔に、変身前のふわふわ感は微塵もない。辛うじて彼女と特定できるのは、無駄に豊かな胸だけ。
 これ、なんていうクリーチャーなんでしょう?


「私の一族は力自慢のオークよ。あなたを投げるには最適ね♪」

 オークになったベアトリスさんが唾液で牙を光らせて笑う。
 声と顔がミスマッチすぎて、とても気持ち悪い。

 この顔で、私はベジタリアンなの、と言われても絶対信じない。
 あ、ベジタリアンなのかは知りません。


 彼女は両手で私を担ぎ、身体を右後方に捻って力を溜めながらゆっくり後退を始める。
 投げる角度を見極めているのだろうが、担がれている身としては、大きくなった彼女の身長分、弾が身体のスレスレを通過するので、かなり怖い。

 角度が定まった彼女は、大地が揺れるほどの轟音を響かせて左足を力強く踏み込んだ。

 

 

 その直後、可愛らしい声が、あ…、と言ったような気がする。


 ドウンッ!キィィーーーーン…。

 音にするとこんな感じ。

 私はかつて体験した事のないスピードで空を飛んでいる。
 女神の美顔が、絶対にチェキられたくないレベルで変形しているのが分かる。
 このスピードで飛んで、ペラペラのブラアーマーは脱げないのだろうか。
 敵兵と初遭遇が全裸、あり得なくないシチュエーションが頭をよぎる。


『え!?もう敵の上じゃん!速すぎでしょ!メッチャ見られてるし!』

 飛んで来たのが人で呆気に取られたのか、幸いな事に敵兵は撃ってこなかった。
 私は左翼と右の薄膜を操って、少し大回りに方向転換する。この角度だと右舷側から敵陣上空を通過する格好だ。

 敵は7名ずつ、3グループに分かれて布陣していた。
 各グループは少し広めに間隔を取っているが、中央のグループを狙えば効果はありそう。
 私は翼の角度を変えて飛行速度を上げ、手に持った爆弾をしっかりと…




『あ…。』

 私は爆弾を持たずに飛んでいた。


『マジかよー!』

 方向転換した時点で警戒を強めた右舷の敵兵が、私に向かって一斉砲火を始める。
 飛行進路が直線で、遮蔽物のない上空に居る私は、とても狙いやすい的。当然のごとく命中するので、あっという間に身体中がボコボコになった。
 見る事はできないが、この分だと顔も相当やられているはずだ。


『このままボコボコにされるなら、ド派手にやってやるさぁ!』

 私は、進行方向側にランスが2本突き出た縦長のシールドをリアライズして、ボディボードの要領でシールドに身を隠す。
 翼を折って直下降の体勢に入っても、空気抵抗が増えたせいで速度は上がらなかったが、被弾する事はなくなった。


《姫様、進行方向、に、布陣、する、アメリカ軍、の、中心、は、右、に、12度、下、に、7度、です、じゃ。目標地点、への、レーザーコンパス、を、照射、します、のじゃ。》

 状況から私の意図を判断した爺が言った。
 もう少し学習したら空気が読めるようになるかも知れない。


『さんきゅー♪この赤い線に方角を合わせれば良いのね。』
『…ん?今なんつった?アメリカ軍って言わなかった?私、アメリカ軍と戦ってんの!?』

 考えてみれば、敵が何者なのか、今まで誰にも聞かなかったし、誰も教えてくれなかった。