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「准尉!やめなさい!その人は敵じゃない!」

 霧島中尉が開口一番に叫んだ。
 叫んでも美人は顔が崩れない。



 しかし中尉のコールは1秒遅く、その時すでに、私は栗毛のお姉さんを飛び越えてランスを投げていた。

 ランスを投げる動作に合わせて、身体に付着していた女性の血が円を描いて舞い、お姉さんの可愛らしい顔に赤いラインを引く。
 間髪入れず、フェザーバレットのモーションに入る。隙の多い技だけに使用する際は注意が必要だと、神河少尉からアドバイスを受けての事だ。

 今回リアライズできた羽根は38枚。羽根の数が少しずつ増えてきた。

 

 ターゲットの男はまだランスの先。ここで38枚全てを放てば、私の勝…


 カチッ…と、耳障りな音が聞こえた。

 放たれる直前にあった羽根の自動追尾機能が上下左右に目まぐるしく動き、ターゲットを見失う。

 撃てない。

 そう思った時、とても大きな何かが私の背中を押した。

 

 いつそうなったのか分からないが、気づけば、私は床に仰向けに倒れ、マシンガンの銃口を咥えている。
 放たれようとしていた羽根は目標を失い、広げた左翼に大人しく収まって消えた。


「お前の師はアレクセイか?相変わらず甘い技を教えやがる。師匠に言っとけ、この技は発射前がスキだらけだってな。」

 マシンガンを持つ男は余裕の表情で言った後、更にこう付け加えた。

「お姫様よ、せっかく再生したんだ、こんなとこで死に急ぐ事はねぇさ。どうせなら敵と戦って死にな。今なら選び放題だぜ?」


 男が言い終わると、先ほど投げたランスが、乾いた音を立てて向こうの壁に突き刺さった。

 私は男に目で頷いた。



「准尉!?応答しろ!」

 霧島中尉がまた叫んだ。
 やはり美人は顔が崩れない。

 喋れない私を気遣ってか、爺がホログラムビデオコールで応答してくれていた。
 私は、久しぶりに冷汗かいたぜ、と涼しい顔で言った男の差し出した手を取って身体を起こし、中尉と男に頭を下げる。


 男は自慢気に、モントリーヴォだ、と名乗ったが、そんな変な名前の知り合いはいないので、私は首を傾げる。
 本名の知名度ぉ!、と男が間を置いて叫んだのがとても印象的だった。

 私は改めてホログラムの中尉を見る。
 無事を労って貰えるかと思ったら、メチャクチャ怒られました!

 中尉達も全てが慌ただしく進んでいるのだろう。未だ2人は下着にしか見えないステージ衣装のままだ。
 周りにいるおじ様とのギャップが凄まじい。
 言っちゃ悪いけど、おじ様達の宴会に呼び出されたコンパニオンにしか見えない。



「モントリーヴォ少佐、お電話にて失礼いたします。お目にかかれて光栄です!お噂は予々お聞きしております。自分は東方特2所属の霧島中尉であります。この度は部下が大変失礼いたしました!苦情や処罰は自分が受けますので、どうか…!」

 電話の向こうの中尉が、敬礼したまま早口で言った。
 いつもの美しい敬礼だが、衣装のせいもあって、胸元の肌け具合がかなり危険だ。
 危うさに気づいた神河少尉が後ろからそっと、中尉の胸元を正す。


「ViPの…RICA…?」

 中尉のホログラムを見た、やけに強いおじさんが、目を大きく見開いて驚いている。
 ちょっとだけ顔のダンディズムが上がった気がするのはなぜだろう。
 てか、おじさん、少佐だったんですね。まだ生体情報を見るのに慣れてなくて…ゴメンなさい。


「ViPの…RICA…?……その…部下…?」

 少佐は先ほどの言葉を繰り返した後、私と中尉を交互に見ながら追加の言葉を言った。


「うぉい!…お前、ViPの新メンバーなのか?」

 少佐のテンションと鼻息が格段にアップした。
 申し訳ないけど、私はViPじゃない。私は首を横に振って応えた。


《姫様、は、実力派、ソロシンガー、です、じゃ。》

 爺がご丁寧に補足してくれた。
 少佐は、世間を騒がせた女神を知らないようだ。


「なんだよ、違うのかよ。でも、まあ、部下には違いないんだな?」

 テンションと鼻息がスーパーダウンした少佐の質問に、今度は首を縦に振って応える。


「ちゅっ…、中尉も間違いないな?」

「はい。間違いありません!再発防止のため、先ほど、准尉の生体情報に自分の刻印を追加しておきました。」

 私の生体情報を改めて見た少佐は、納得したように何度も頷いている。
 てか、おっさん、なんで今、ちょっと吃った?

 もしかして…ViPのファンなんじゃね?イントロで飛び込んで撃たれちゃう系じゃね?



 その後、私は、撃たれちゃう系かも知れない少佐から状況説明を受けた。

 私が殺めてしまった女性の事や、南米基地の大まかな状況など、簡単な説明だったが状況を理解するには十分だった。

 

 無意識の事とは言え、私は16歳にして殺人を犯した。

「戦争なのだから、仕方なかった。」
「殺らなければ、こっちが死んでいた。」
「必要不可欠な犠牲だった。」

 そんな安っぽい言葉が、少佐の口から1つでも出ていれば、怒れたのかも知れない。
 だけど、少佐は事実を事実のままにしか言わなかった。感情が入り込む余地のない少佐の言葉を、私は、ただただ恐ろしいと感じた。

 少佐が話している間の中尉の表情が、ホログラム越しのせいかとても無機質で、腹の底から「嫌悪」を抱いた。

 彼らは、言葉と表情で、これが軍人の常だ、と私に教えてくれているのだろう。

 残念なことに、今の私には何が正しいのか分からない。
 今回の件の善悪は、もっと色々な経験をしてから判断すべきだと思う。


 ただ1つ確実なことがある。

 

 

 「今」は自分を責めても意味がない。