「まずいな。ナースロイドがダウンしてる…。衛生兵は…まだこんな所か…到着する前に転送完了されたら、俺には何もできんぞ。」
さくら曰く、同じ顔をしているエロい看護師、ナースロイドは何をしても起動する兆しがない。
戦うことしか知らないモントリーヴォの知識では手も足も出ず、衛生兵か通信兵なら或いは、と思い、部下達の位置を端末で確認する。
敵兵を引きつけている2名は予定した地点まで交戦しながら後退中のようだ。
この2人なら、爆撃されない限り、十数名に囲まれても問題ない。
衛生兵と通信兵を連れて来ている1名は、予定よりも進行が遅れている。
モントリーヴォが通った経路を追ってきているので敵兵は居ないはずだ。
事実、装填されたエネルギーが減っていないので交戦はしていない。
遅れているのは、単純に衛生兵と通信兵の速度のせいか。
最下級のモリノ3等兵は人質を連れたままモントリーヴォに遅れる事なく付いてきた。
短い距離だったが、それだけで相当に鍛えられてきたのが分かる。
我が部隊をもっと鍛えなければ!と、モントリーヴォが思い立った時、部下たちの背中に悪寒が走ったとか。
独り言を喋りながら焦るモントリーヴォ少佐ベオウルフを見て、マルセロは少し嬉しくなった。
伝説の人物と言えど、同じ人間なのだ、と。
それにしても、とマルセロはEAXゲートを見る。
向かって左側の、ふちが赤く点滅している方が転送中なのだろう。
ゲート内に黒い膜が張ったようになっていて向こう側が見えない。
噂に聞くEAXゲートが、まさかこんな小汚い部屋にあるとは思っていなかった。
講習テキストに載っていたゲートは見上げる程に立派だったし、管制室と医務室が併設された完璧なポートだった。
この部屋はと言うと、直径3mほどの歯車型ゲートが2つ。
その両ゲートの脇に医療カプセルの射出口が1つずつあり、ナースロイドが2体いるだけ。
素人目に見ても最低水準の設備だ。
もっとも、ナースロイドも医療カプセルも稼働している様には見えないので、水準にすら当てはまらない可能性が高い。
「少佐…本当に、こんなもので人が飛んでくるんですか?」
「おい!触るな!消し飛ぶぞっ!」
黒い膜に触ろうと手を伸ばしたマルセロを、少佐が怒鳴りつけた。
EAX転送中、受信側のゲートには黒い膜が張る。
その膜に触れると、触れた部位が消滅する。出血も痛みもなく、触れた部位が忽然と消える。
過去に中を覗こうと頭を突っ込んだバカ者は、首から下だけをこちら側に残して絶命した。
通常は外から転送中ゲートに触らない様に、チューブで隔離したり、安全柵などで守られているが、ここA33ポートはそのままだ。
「こいつはEAX黎明期の実験用ゲートだ。敵さんも設備がむき出しなのを分かってて、この33をメインに狙ってやがるんだろうぜ。」
ナースロイドを起動しようと、いろいろな体勢で四苦八苦しているモントリーヴォが言った。
この状態を撮影して事情を知らない人に見せたら、十中八九、「ナースに性的でアクロバットな悪戯をしている変態オヤジ」だと思うだろう。
「ウチの通信兵の話じゃ、衛星経由で飛んできてるクレイジーな奴らしい。」
客観的に見ると、ナース2人を片手で振り回している少佐の方がクレイジーだ。
「衛星とは、なんですか?」
マルセロには、少佐の言葉が理解できなかった。
「騎士団所有のカラドリウスだが?あ、いや、シームルグの方だったか?」
モントリーヴォは、当たり前の様に天空に浮かぶ人工衛星の名称を言う。
しかしマルセロの質問の意図は違った。
少佐は「経由」と簡単に言ったが、EAXゲートを通ること自体が命がけなのはマルセロも知っている。
そうなると、人工衛星に「滞在していた誰か」が飛んでくることになるが、誰かが衛星に滞在している話など、マルセロは聞いたことがない。
その時、それまで赤く点滅していたゲートのふちが、青色の点灯に変わった。
ゲートは、黒い膜はそのままに、ゴゥゴゥと低い音を立てて不規則な振動を始める。
「お、生体情報が届いたぞ。どれどれ。」
モントリーヴォは、端末をゲートに向けて転送者の生体情報を受信すると、そのデータをマルセロのHMDに共有した。
「…サクラ・タナカ准尉…。東方特2…。新人アイドルか?…んなわけない!」
モントリーヴォは、舌を出して冗談ぽく言った後、ナースロイドでマルセロをバシバシと叩きながら笑った。