ピピッ…
ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に警告サインが表示された。
右手から接近する未登録生体反応が4つ。
「ちっ!こんなところまで見回りに来るのか。」
男は瓦礫に身を隠して光学迷彩をONにした。このまま未登録生体、すなわち敵兵が通り過ぎるのを待つつもりだ。
その手にマシンガンは持っているもののエネルギーがすでに尽きている。手元に残っている「使える武器」は、150発仕様のハンドガンとヒートナイフだけ。
空のマシンガンも使い道がないわけではないが、たったこれだけの武器でこの先に向かうのは無謀な行為に思える。
ここは南米基地の南西区画。
爆撃による被害が一番少なかったため、生き残った多くの兵が南西区画を目指して集まってきている。男も周辺区画から集まってきた1人だ。
男の名はマルセロ・モリノ。
南米基地に今年配属されたばかりの新兵で、南方騎士団に所属するパイロット候補生…つまり、最下級の3等兵、が彼の一応の肩書きだ。
引き締まった身体に褐色の肌がよく似合っている。
マルセロは、被害のない「南西区画のA33ポート」で落ち合う約束をして、元同じ小隊の仲間達と別れた。
「被害がないのは、後で使う予定ってか…。うじゃうじゃ居やがる。」
ガタン…
体勢を替えようとして、瓦礫に足が当たってしまった。敵兵が通り過ぎる直前の、最悪のタイミングだった。
敵兵の1人がこちらをジッと窺っている。
こんなことなら潜伏訓練を真面目にやっておけば良かった、と今更後悔しても遅い。
敵兵が、一歩一歩ゆっくりと、しかし確実に、マルセロの潜伏場所へと歩を進め始めた。熱源センサーを搭載していない旧式の装備なのか、敵兵は彼の存在に確証を持てないでいるようだ。
いきなり撃ってくる事はないだろうが、なにせ相手は予告もなしに基地を無差別爆撃してきた相手、楽観視しすぎるのは良くない。
『奴らを同じ人間だと思うな!殺られる前に殺れ!』
鬼教官の言葉が頭をよぎった。
マルセロは、母がヴァンパイアで、父は人間だ。
適性はあるが、彼の母親はあと150年は生きる。間違っても彼が世襲する事はないだろう。
ヴァンパイアの能力を持たないマルセロは、ただの人間でしかない。
人間界のそれよりも優れた装備品のお陰で、ここまで生き延びてこれたようなものだ。
光学迷彩で隠れているとはいえ、あと数歩、もしかすると、あと一歩近づかれたら、勘のいい奴には気付かれる。
4人倒すのにハンドガンでも弾数だけは足りるが、約20m向こうで扇状に広がって待機している3人も含め、敵兵が持っているのはアサルトライフル。
近づいてきている1人目を撃った直後に、他の3人から蜂の巣にされるのは目に見えている。
1人目を盾にしてやり過ごす…これも得策ではない。
マルセロがヴァンパイアである可能性を恐れる敵兵は、味方の屍体ごと彼を排除しにかかるはずだ。
答えが見つからなくとも、この窮地の限界線は動かない。
マルセロは、歩み寄る敵兵の右足が次に動いたら行動に出る、と心に決めた。
空のマシンガンから認証キーを音を立てないようにそっと抜き取り、スーツの空きスロットに装填した。
それから、全感覚・全神経を敵兵の右足に集中する…。
ゴゴゴゴゴゴ…。
まさに「いま」というタイミングで、A33ポートの方角から大きな地鳴りが響いた。
敵兵全員の注意が音のした方向に逸れている。敵兵はこのまま去るか…。
直感が「ここまま去らない」と訴える。
マルセロは足元の瓦礫を蹴り飛ばすと同時に、ハンドガンですぐ側まで迫っていた敵兵の頭を撃った。
一撃で敵兵の頭部が吹き飛んだ。
人間界のハンドガンより威力は格段に優れているが、チャージが必要な分、速射性能に劣る。
普通に撃ち合えば、こちらのチャージ時間で、敵兵は1人あたり30発以上撃てる。
先ほど認証装置を抜き取ったマシンガンを敵兵の方向に投げると、右手から大回りに、散開する敵兵に向かって走り出した。
投げたマシンガンが、眩い閃光を放って空中で溶解を始めた。
そのタイミングを狙って、マルセロは走りながらスーツのアクセラレーターをONにした。
走る速度がグンと上がり、HMDに敵兵までの距離と所要時間が表示された。
1人目までは4メートル、所要時間はコンマ2秒。もはやナイフを抜く時間はない。
マルセロは勢いそのままに1人目を突き飛ばすと、急制動をかけて一番遠い3人目を目指した。
1人目はグシャ、という鈍い音を鳴らして、走るマルセロとほぼ同じ速度で2人目に向かって飛んだ。
ピピッ…。
HMDがロックオン警告を鳴らした。
先ほどの急制動で3人目に対処する猶予を与えてしまったようだ。
地面を蹴って1人目の飛ぶ軌道と交錯するように方向を変えると、ロックオン警告が少しだけブレた。
マルセロがナイフを握ると、HMDにスコープサイトが表示され、3人目を捉えた。彼はスコープサイトのマーカーが青に変わったタイミングに合わせて飛びながらにナイフを投げる。
カカカッ…と小気味好い音を立ててアサルトライフルから放たれた敵弾は、彼の足先スレスレを通過していく。
しかし、アサルトライフルの音がそれ以上続く事はなかった。
マルセロが適当に投げたナイフは3人目の敵兵の喉に、グリップしか見えないほど深く刺さっていた。
これは偶然や彼の実力ではなく、スーツに内蔵された投擲アシスト機能のお陰と言える。
3人目が後ろ向きに大の字に倒れると同時に、1人目が2人目に衝突するベキッという、耳障りな音が鳴った。
ちょうどそこでHMDにアクセラレーターのオーバーヒートを知らせる警告が表示され、マルセロの身体が急停止した。
急停止が巻き起こした砂埃の舞う中、彼はゾンビのように3人目の屍体へと向う。
「こいつは…できればもう使いたくない機能だな。スーツが固まっちまったみたいに重いぜ、チクショウ。」
ナイフを抜きながら、マルセロは誰に言うでもなく呟いた。
目下の一難は去ったものの、いまの閃光のせいですぐに新手がやってくる。
マルセロは瓦礫の奥へと進むことにした。
最短ルートでA33ポートを目指す。