《知子、ビデオコール、だぜ?出る、か?》
知子の専用端末「☆KimoKawa☆ぞんびくん」が鳴った。
2つの巨大な消音材に包まれていたせいで、その音はすぐ隣りにいる隊長の耳には届かなかったようだ。
「…誰…?」
知子は精気のない声で事務的に問う。
俯く彼女の頬は涙で濡れている。
彼女にはもう涙を隠す理由がなくなった。
《発信端末、は、KKSH9680ー446、だな。…生体情報、未確認。発信者、不明、だ。》
「…446…?…………。」
「……ぞんびくん!出る!あと、映像を管制室のサブモニターとリンクして!」
何かに気づいた知子に鮮やかな色みが戻ってきた。
相棒のぞんびくんにテキパキと指示を出し、涙を拭って管制室の中央まで走る。
彼女にはもう涙を流す理由がなくなった。
サブモニターに映し出されたのは、無意味に冷却を続ける衛星のEAXゲートだった。
かなり低い位置から撮られている映像のように見える。
《井伊様、ぞんびくん、ご機嫌、いかが、です、かな?》
「不明」と呼ばれた発信者が言った。
「やっぱり爺だ!爺、さくらがっ…!」
知子に力一杯握られて変形したぞんびくんが、コール音声とは別に、グェっと、苦しそうな声を上げる。
《姫様、ですか?…生体機能、は、停止、して、おります、が、お元気、に、歌って、おられます、ぞ。》
「不明」と呼ばれた爺は、知子の言葉を遮るように言い、それから、ちょっとお待ちを、と付け加えてヨチヨチと歩き始めた。
爺は、何度かさくらの背中側を往復していたが、通れそうな隙間が見つからないと判断すると、床に力なく垂れ下がった翼をよじ登り始める。
心停止しているにも関わらず、さくらのオンセットが解けてない事に、知子はこの時、初めて気づいた。
ようやく横たわるさくらの左半身の上にたどり着き、モジモジと視線を動かしていた爺は、やがて左腕の方へと移動した。
腕をつたって降りるつもりのようだ。
酔ってしまいそうなぬいぐるみ目線の中継に、全員が頑張って耐えているのは言うまでもない。
《あっ!》
順調に降りていた爺が、二の腕辺りで足を滑らせ、ポフッと、可愛らしい音を立ててどこかに着地した。
「大丈夫?」
《大丈夫、で、ございます。ちょうど、クッション、が、ござい、ました。井伊様、の、には、負け、ます、が!てへぺろりん♪》
どうやら、女神のあの辺に落ちたらしい、と全員が理解した。
爺曰く、クッション、の弾力を利用して一気に女神の顔の前まで跳んだ爺が、スルリと方向転換すると、いつも通り美しく無表情な女神が、サブモニターに映し出される。
《マイク、の、感度、を、上げ、ますぞ。》
モフモフの右手が、女神の口元をキュートに飾った。
ほどなくして、管制室に小さな歌声が響き渡る。
女神は喋れない。代わりに、歌う。
東京の夜に響き渡った、女神の歌を聴いた者が言った。旋律が意味を持って心に届いてきた、と。
また別の者はこう言った。知らない言語の意味が脳に直接届いた、と。
その2人はこう言った。その意味は「感謝」だった、と。
『翼の折れた私の心配は、あなたが寝る前の、ほんの僅かな時間だけで構わないわ。あなたは今なすべき事をなさい。私を気遣い、祈る時があるのなら、あなたはその時をなすべき事のために使いなさい。翼がある限り、私は必ずあなたに祝福を与えましょう。祈りなどなくても、私は必ずあなたに祝福を与えましょう。』
女神の歌が終わった瞬間、管制室内は歓喜に爆発した。