"水入ってないんかいっ!"

 衛星内のスピーカーから知子の中途半端にずっこける音が聞こえた。


『ダメだ。伝わってない。水がどこにあるか知りたいのに…。』

 水があれば冷却できる、そう思っての行動だったけど伝わらなかったようだ。
 在り処さえ分かれば、ホースをリアライズして運んでくるなり方法はいくらでも考えつく。



『知子が居ればちゃちゃっと水出してくれるのになぁ。』

 …知子が居れば…?

 私はハッとした。
 私はさっき、知子の血液を直接摂チュしたじゃないか。

 ルイズさんの推測が正しければ、私の体内にルサールカタイプのVマイクロムが居るはずだ。
 皮ルイズさんと戦った時みたいにルサールカを追加オンセットできれば水が出せるかも知れない。

 私は追加オンセットの条件を探るため、あの時の事を思い返してみた。



 …ムカデが出てきた、皮ラミアにいっぱい食べられた、キラちゃんと話した、白黒女神に変身した、白黒の羽根を飛ばして皮ラミアをやっつけた、以上。

 あの時の記憶は実にあっさりとダイジェスト化されてしまっていた。ツライ記憶ってことで、脳が詳細を封印してしまったのだろうか。
 だけど、条件は何となく掴めた。

 追加オンセットのカギは、V濃度低下と会話だ。



 頭の中に、今回の衛星経由転送と同じくらい馬鹿げたアイデアが浮かぶ。


『上手くいくか分かんないけど、やるしかない!』

 私はカメラに向かって、私は今から倒れるけど気にしないで、とジェスチャーを送った。


"…私、寝るから、起こさないで…?…お前はバカなのか!?"

 不思議キャラを完全に忘れてしまった知子の声がスピーカーから聞こえた。
 私のジェスチャーは今回も上手く伝わらなかったけど、気にしない事にした。





ーーーーーーーーーー
「え?あれ?田中准尉、V濃度低下。現在92%。」

 V濃度を監視していた男性オペレーターが素っ頓狂な声を上げた。
 冷却問題の解決策を探していたオペレーター達の視線が一斉にメインモニターに向けられる。


「あれは、なにをしておられるのですか?」

 隊長が管制官達を代表して言った。
 知子は、自分にも分からない、そう答えそうになるのを、グッと堪えた。ここで自分が、分からない、と答えてしまったら、管制室内が収拾のつかない状態になってしまう気がしたからだ。


 メインモニターには、次から次へとランスをリアライズする女神の後ろ姿が映っている。


「さくら!?何してるの?せっかく回復したV濃度が下がってる!今すぐやめて!」

 知子の声は無視される。



「V濃度…53%。低下中です。」

 女神はこちらを見る事なく、リアライズを続け、ついに倒れた。
 倒れてもなお、ランスのリアライズは続く。


「発狂した…?」

 隊長の言葉通り、壊れたDVDのように同じ事を繰り返す女神の行動は、狂気の沙汰としか思えなかった。
 メインモニターの映像は、まもなくランスに独占される。


 まもなくしてVマイクロムの暴走が始まる。
 Vマイクロムが血液を求めて、女神にのし掛かっていたランスを吹き飛ばすと、女神は再び死にかけ様に至っていた。

 それでも、女神はリアライズを続ける。



「V濃度…アラート。…田中准尉……心停止。…ドッペルゲンガー発生の予兆波、確認。15分後発生予定です。」

 管制室内に男性オペレーターの無情の声が響く。

 女神は目を開けたまま横たわっていた。
 左手にしっかりと握られている血液パックから、狂いながらも最期まで生きようとしていた事が窺える。

 使い切れないほどのランスに囲まれて、女神は狂気のうちに息を引き取った。



「いったい何が起きたというのだ。」

 隊長の小さな呟きがハッキリと聞こえるほど、管制室内は異常な静けさに包まれていた。

 強烈な不死性を証明してみせた金毛種が、突如錯乱し、自ら命を絶ってしまった。


 知子は、ただ呆然とメインモニター見つめる事しかできなかった。
 この世で一番「死が遠い者」の死を突きつけられて、心が死の恐怖に蝕まれていくのを感じる。

 彼女はその場にヘタっと座り込むと、手に持っていたぬいぐるみを力一杯、胸に抱いた。