「Vセルフオンセット確認。濃度…残り27%…上昇開始。……32、38、45%…。」
「バイタル警戒、解除。ゲート室内の酸素量を調整します。」
「衛星ゲート室内のカメラ映像、メインモニターとのリンク良好。誤差コンマ1秒。」
「衛星内環境制御確認、対地重力85%。エア組成異常なし。」
「衛星ゲートの冷却シーケンス作動確認。再稼働許容値の8%。」
「衛星の南米転送可能空域離脱まで、あと60分。」
A101管制管達は依頼通り、田中さくら准尉のモニタリングを始めていた。
「たいちょぉ☆さくらはどぅですかぁ?」
依頼主であるViPのCHICOが、ドアを壊しそうな勢いで管制室に入ってきた。
ツインテールをウサギ耳風にアレンジして入ってきた彼女を見て、涙袋が赤いのは「うさぎ目メイク」だ、という彼女の健気なアピールを、管制官全員が申し合わせる事なく汲み取った。
「成功です。Vが自主的に血液を求めましたがV濃度は順調に回復しています。このままなら血液パックは半分残るでしょう。」
初老の隊長はシワの多い目尻を下げて、腕組みの間から親指を立ててみせる。
「よかったですぅ☆」
知子は涙が溢れそうになるのを上を向いて誤魔化しながら、そのまま嬉しそうにメインモニターに映る女神の復活を見つめた。
「それにしても、金毛種のキュア性能は凄まじいですな。」
知子と同じように上を向いてモニターを見ていた隊長が言った。
例に漏れず急激な濃度低下に襲われ、暴走を超えて崩壊しかけたさくらだったが、血液の補給によって驚異的な回復を見せた。
他種のヴァンパイアは、崩壊寸前レベルの濃度低下が吸血だけで回復する事はあり得ない。
「いやはや、まさかここまでとは…。」
「元に戻っちゃぃましたねぇ♪」
お澄まし顔ながら元気そうに両手を振る女神がメインモニターに映し出されている。
知らなければ、その姿から先ほどまでの死にかけ様を想像するのは難しい。
隊長の発した驚嘆の言葉に対して、知子は笑顔で相槌を打った。
その笑顔を見て、奇抜なはずのウサ耳ヘアーを奇抜だと感じさせない知子の雰囲気を、さすがだ、と隊長はしみじみ思う。
「隊長!冷却シーケンスの稼働時間が足りません!」
パッツンオンザマユゲな眼鏡っ娘オペレーターの声が、安堵の空気を引き裂いた。
「なんだと!?」
「サブクーラーに深刻なエラーが出ています。」
隊長とは対照的に眼鏡っ娘が冷静に言葉を続けた。
「解決策を検索中ですが、このままでは進捗率80%未満で時間切れです。」
「衛星の滞在を延長できんのか!」
「無理です。ブースターのエネルギーは使い切ってます。内部のエネルギーをブースターに回せば更に冷却が遅れます。」
眼鏡っ娘が右手で黒縁メガネを直しながら言った。
「なんということだ…。」
隊長が眉間のシワを一段と深くしてモニターを見つめた。
こちらの会話が聞こえていたのか、モニターの中ではお澄まし顔の女神が慌てている。
「さくら、聞こぇた?どぅなるか分かんなぃから、オンセットはそのままだょ☆それと、冷却に使ぇるアイテムある?」
知子の声に女神が両手を前に出して応えた後、モニターから姿を消した。
今のジェスチャーは、ちょっと待ってて探してくる、と言ったところか。
再びモニターに現れた女神は、左手にバケツ、右手に雑巾を持っていた。
女神の少し気だるそうな無表情さが、「放課後の掃除当番」を絶妙に表現している、と隊長は感心した。
「えぇ!?なぜそれー!?」
モニターに映っていない右奥を真顔で指差した女神に、思わず、衛星の掃除はアナログか!、とツッコミを入れてしまった知子。
続いて女神は、バケツをカメラの前に掲げると、神妙な面持ちの左半分だけを覗かせ、それから、カメラの前で空のバケツをひっくり返してみせて、バケツ内側を指差しながら「お手上げ」、と読み取れるジェスチャーをした。
「水入ってないんかいっ!」
某新喜劇ばりのずっこけを披露したCHICOを見て、不思議キャラはやっぱり作ってたんだ、と管制官全員が申し合わせる事なく納得した。