私と知子は今、A101ポート地下15階の待機室にいる。
待機室の窓からは転送準備に入った件のEAXゲートが見下ろせる。
あの後、私は自分勝手に衛星経由で南米へ飛ぶ役を得た。
私の所属する特2は、ViPのためだけに作られた部隊だ。
ViPがワールドワイドに活躍するアイドルグループだけに、特2の海外渡航数は全騎士団中で最も多い。
規制の緩い東方に組している事もあって、年1回のワールドツアー以外、本部が渡航を承認するのは全て事後であり、ViP達は部隊内承認だけで自由に海外渡航ができてしまう。
中尉と少尉が共に不通の状況において、特2の決裁者は、部隊内序列第3位、かつ准士官級の私だった。
私が自分で承認した『有事特別処置に係るEAX利用許可、および戦地渡航許可』は問題なく効力を発揮した。
A101ポートのスタッフも、知子も、許可に従っただけなのでお咎めはないはずだ。
「すごい音だね!」
EAXゲートから出る衝撃波で、待機室のガラスはビリビリと何度も揺れる。
「…うん…。」
時折7色の光を帯びる世界最大のEAXゲートを見下ろしながら、知子が素っ気なく返事をした。
D64ポートを出発してから、知子に何を話しかけても、同じ言葉しか返ってこない。
私は英雄になりたいわけじゃない。
私に可能性があるのなら飛ぶべきだ、と単純に思っただけだ。
騎士団唯一の金毛種であり、異常なキュア性能を持つ私以外に、今回のバカげた計画を遂行できる人材はいない。
金毛種以外のVマイクロムを大量にストックしておいて、金毛種の濃度低下を他のVマイクロムでカバーする私なりの勝算は失ってしまったけど、一応皆さんの血はパックに入れて貰った。
体内の金毛種濃度さえ維持できれば、単体で2回の転送に耐えられる可能性はゼロでない。
ゼロでないのなら行くしかない。
私は、10代の女子が2人居るとは思えないほど静かな待機室の窓ガラスに両手をついて、ゴゥゴゥと唸りをあげるEAXゲートを子供のように見下ろしながら、そんな事を考えていた。
ちなみに、右腕はD64管制室の入口ドアに引っかかって暴れていたので回収しておきました。
ドアの開く音が待機室を支配していた冷たい沈黙を破った。
「失礼します!田中准尉、転送準備が完了しました。」
坊主頭の少年兵が、敬礼したまま天井を見て言った。
彼の年齢は私と同じくらいだろうか。私を含め、騎士団員はなぜか若年兵が多い。
「わかりました…。じゃあ、行ってくるね…。」
「……うん…。」
これが最後の会話になるかも知れないのに、知子から返ってきたのは聞き飽きた「同じ言葉」だった。
「中尉と少尉にはメッセ送っといたけど、連絡ついたら知子からも言っといて。」
「……う"ん…。」
「じゃ…。」
これ以上の言葉を交わすとお互いに辛くなる。
私は足早に立ち去る事にした。
俯く知子の横を通り過ぎた矢先、上着が私を止める。
振り返ると、クリスタルで可愛らしくデコられた爪が上着の裾を掴んでいた。
あ、服はD64でオペレーター用の制服を借りました。
「ちょっと離してよ。」
「…や"だ…。」
上着のシワが一段と深くなる。
『なんですか?この、恋人との別れを惜しむ女子っぽい知子は?私も女子ですけど?私達は同性ですよ?同じ小隊の軍人ですよ!?』
「…でも、行かなきゃ。」
「…う"う"…や"だぁ…。」
私はあえて彼女を見ないで言った。
視界の端でツインテールが揺れている。
『うおぃ!なんで私、いま気持ち低めの声で喋った?』
「わ"たしが…ポーダーに"、乗ろ"う、ど…しな"ければ……う"ぅ…、ざぐら"…てん"送、なん"て……い、い"わ…な"かったの"に"……」
必死に後悔の言葉を伝えようとする彼女の肩を、私はそっと抱いた。
マシュマロの触感に似た知子の肩は小刻みに震えていた。
彼女は言葉を続けようと懸命に息を整えている。
『って、おーい!私も女子だ!女子!どっちかと言わなくても、私もそっち側!この先はヤるなよ?絶対ヤるなよ!?』
『てゆーか、知子…めっちゃ可愛い…。テレビ局で汁垂れ流してた人と本当に同一人物ですか?』
必死に涙を堪えて上目遣いに見つめてくる知子の姿に、胸キュンしない男子は居ないと思う。
初めて「お嫁さんにしたいヴァンパイア第1位」に共感できました!
それから私は、彼女の口から次の言葉が溢れてしまわないように、静かに唇を重ねた。
次の言葉、「ごめんなさい」なんて、彼女が言う必要はないのだから…。