「えぇとぉ…A101ポートは世界最大のEAXゲートに改造されましたぁ。」
緊急用自動転送装置、通称EAX。
緊急時に自動発動する最新の脱出装置で、宿主型生体をゲート間転送する。
例えば、戦闘機や戦車等の損傷が一定値を超えるとコックピットが簡易EAXゲートとなり、パイロットだけを最寄の大型EAXゲートに転送する。
転送は一方通行で、接続された側(通常は大型ゲート)から接続してきた側に生体を転送することはできない。
開発当初は「次世代の移動手段」として話題になったが、冷凍睡眠状態にしてダメージを半減しない限り、転送者のV濃度が危険な状態まで一気に低下する、という重大な欠点を克服できなかったため、現在は緊急時のみの利用に制限されている。
また、体内にVマイクロムを持たない非ヴァンパイアは、なぜかEAXゲートを通ることはできない。
メガネ男子は、そのEAXを使えと言っているのだろうか。
「南米基地のEAXは停止してますよね?」
できる女子オペレーターがしたり顔で言った。
今回の南米基地襲撃においても、基地内の大型EAXが騎士団員の自動転送を開始するはずだった。
しかし今回は、転送はおろか、ハバナや北米の大型ゲートへ接続信号が送信された履歴すらなく、ハバナから接続信号を送信しても南米基地側は無反応だったという。
メガネ男子は「知ってる」と言った後、ホログラムを使って説明を始めた。
本当はモニターに映したかったんだと思う。ごめんねぇ。
メガネ男子は、まず5分前の南米基地中心地区の衛星写真を表示した。
衛星写真を全景表示に切り替えると、所々に赤マークを付けた。これらは周りに比べて損傷の少ない地区だと言う。
メガネ男子はそこに、あるレイヤーを重ねた。
「ゲートの位置がすべて無傷!?」
できる女子が1人いれば、私が感想を述べる必要はない。
応答がないのはジャミングのせいで、敵は南米基地制圧後、ゲートを利用して他の基地へ干渉してくるつもりだ、とメガネ男子は推測している。
「今すぐ衛星で南米基地のゲートを破壊しましょう!」
できる女子の発言は正論だ。
しかし破壊すれば、南米基地に残された味方を見殺しにする事となる。
メガネ男子は、やはり美人はバカなのか、と言い出しそうな顔をしただけで、できる女子オペレーターの発言を無視した。
解決策は、破壊ではなく「復旧」である、とメガネ男子は言った。
無傷なのだから、起動しない原因を取り除けば良い。それが彼の論だ。
彼の論もまた正論だ。
問題は、どうやって南米基地に行くか、だ。
現在運用されている安全な最速の移動手段、超電導ポーターでもかなりの時間を要する。
EAXゲートで転送できれば、理論上1時間と掛からない。
東方騎士団の有するA101ポートの新型EAXゲートは地上最大、最高出力を誇る。
しかし、このゲートをもってしても日本から南米基地への直接接続は難しい。
メガネ男子は言った。
直線距離の近い人工衛星のゲートへならA101から接続は可能だ、と。
そして、衛星からであれば東京からと同様に南米基地へも接続できる、と付け加えた。
衛生ゲートから接続信号を受けた地上のゲートは、必ず最優先接続モードに入る。
例えハバナからの接続に応答できないジャミングが施されていても、衛星からの信号は除外されない。
地上のゲートには、漏れなくそのための特殊プロトコルと予備エネルギーが搭載されている。
メガネ男子は、最優先接続モードを利用せよ、と言っているのだ。
彼の作戦の大まかな流れはこうだ。
1、衛星を日本と南米の両方に接続可能な空域に移動。
2、日本から緊急信号を使って衛生に接続し転送。
3、日本と切断後に衛星から南米基地へ最優先接続を行い転送。
「…1人は衛星に残るってことですよね?」
できる女子の反応は、常に的確だ。
D64ポートに転送経験者は居ない。それでも全員が、冷凍睡眠状態でなければ転送後は「即医療カプセル行き」の状態になる、という知識だけは持っている。
2度転送しなければならない以上、普通に考えれば冷凍睡眠状態の1人を含め、最低でも2人のヴァンパイアが必要になり、必ず1人はもう一方を再転送するために生身で飛ぶ事なる。
1人の犠牲は免れないし、冷凍睡眠状態の者も2回転送すれば、生身で1回飛んだに等しい。
2人目も南米転送直後に死んでしまう可能性さえあるのだ。
「成功すれば、どのポーターより早く着ける。」
ちょびヒゲ隊長が言った。
「30分後にぃ…衛星が予定空域に入りますぅ。」
メガネ男子が言った。
「A101管制室に連絡しますか?」
できる女子が言った。
全員の視線が知子に集まる。
知子の目を見れば、彼女が覚悟を決めつつあるのがありありと分かる。
知子が大きく息を吸い込んだ…。