《マリナ様、と、レイナ様、の、端末、が、見つかりません、ですじゃ。》
これで何度目だろう。
マリナさんからのエマージェンシーコールが途切れた後、こちらから何度コールし直しても繋がらなかった。
中尉と少尉にもコールしてみたけど、2人とも緊急通信中と表示されて出てもらえなかった。
少しでも情報が得られれば、と思い、今は騎士団本部に向かっている。
途中で知子から連絡があったので、本部合流、と伝えておいた。
《マリナ様、と、レイナ様、……が、……見つかりません、……。》
何度もトライしたせいで処理が間に合わないのか、不吉な音だけが残った。
私は、遮るように「AIオフ」と大声で叫び、本部を目指して一心不乱に駆けた。
ーーーーーーーーーー
緊急事態モード…
南米基地に敵襲 現在戦闘中 敵規模不明 EAX無効 非戦闘員死者多数 北米基地通信不能
本部内はどこもかしこも同じ表示だった。
真っ赤なテロップと「非戦闘員死者多数」の文字が、私の不安を遠慮なしに煽ってくる。
まずは知子を探そう、と端末に手を伸ばした所で知子の声がした。
「さくら!こっち!」
声のした方を見ると、A棟の入口付近で人混みの中でもハッキリと分かるほど乳が揺れていた。
「こっち!」
知子は待ってられない、といった感じで、近くまで来た私の手を取って階段を駆け上がった。
上下左右縦横無尽に揺れる乳を見て、洗濯機が頭に浮かんだけど、さすがの私も今回ばかりは弄るのを止めた。
揺れまくっていても、彼女の目は決して笑っていなかった。
「失礼します!」
私達は階段を駆け上がった勢いそのままに、女神のテレビデビューでお世話になった、アーロン少佐の部屋へ飛び込んだ。
少佐はかなり険しい表情でホログラムを睨んでいた。チャラいプロデューサー役が似合う外見、と表現すれば普段の少佐が伝わるだろうか。軍人らしからぬ風貌の優男は、私達を見るなり眉間にシワを2本追加した。
知子がドアを蹴破ったタイミングが「失礼します」より少し早かったせいかも知れない。
「やっぱり来たか、ViPちゃん。しかし我が部隊のポーターはすでに出発した。一足遅かったな。」
ポーターはヴァンパイア界における長距離移動手段で、速度感は人間界の飛行機に相当する。
少佐の保有するポーターに乗れないと分かり、知子の顔色が変わった。
いつになく真剣な顔で部屋をぐるぐると歩き回っている。真剣でも乳は揺れる。
「ま、まだ出発していない超電導ポーターは、ありませんか!?」
少佐の部隊は「第1特務部隊」と呼ばれる東方騎士団で初めて組織された特務部隊だ。
東方内の通称は「特1」だが、結成以来どんな戦場にも一番乗りすることから、世界的には「Eヴァンガード」の名で知られている。
「調べてやろう。…まだ出発してないのは……」
チャラい少佐は顔面に迫る乳に気を取られる事なく端末を操作し始めた。
チャラいのに意外だ。
「超電導タイプは0だ。通常タイプなら残り1機…。ポートD64だ。」
「D64、D64……」
知子は番号を唱えながら部屋の外をグルっと見渡し、ある方角を向いて止まった。
「ありがとうございました!…窓、失礼します!」
向いた方角にある窓を水弾で躊躇なく吹っ飛ばした知子は、少佐に対してササッと敬礼を済ませると、吹っ飛ばしたてホヤホヤの窓に向かって駆け出した。
「さくら、私についてきて!」
知子はそのまま窓からジャンプすると、空中で水の精霊、ルサールカに変わった。
水で足場を作りながら、飛び出したそのままの勢いで空中を駆ける。
呼ばれた私はすぐさま女神姿に変身して知子の後を追った…けど、少佐に敬礼するのを忘れた。
飛び出してすぐ、前を走る知子の背中が近くなった。
彼女には申し訳ないけど、私の方が圧倒的に速い。
私の速度を見るなり、知子は振り返りながら水の足場が続く先を指差した。
「あの丸い建物まで!」
私は頷き、自分の腰をポンポンと叩いた後、やや上昇して知子に腕を差し出した。
私のジェスチャーの意味を理解した知子は、追い抜く私の腕を振り向きざまにキャッチすると、下から両足で私の腰をギュッと掴んだ。
「私がデブって言いいぃおぉぉぉ!うおぉぉぉ、速えェぇぇぇ!!」
知子が何か言いたそうだったのを無視して、私は目標地点へと超速急降下を始めた。
お嫁さんにしたいヴァンパイア第1位の、オヤジの様な叫び声が夜空に響き渡る。
「最近のアイドルは飛んで叫ぶのかぁ…」
精霊と女神が飛び立っていった湯気の立つ窓を見ながら、アーロン少佐はしみじみ呟いた。