私が入るなり、スタジオ中の人々が息を飲むのが分かった。
 あぁ…とも、おぉ…とも、表現できない感嘆の息遣いが聞こえる。
 そりゃコスプレだと思ってるわけだからそうなるよね。知子曰く、素性がバレなきゃOK、らしい。

 スタジオは想像していたよりもずっと無機質だった。
 複数のカメラが立ち並んでいるのが辛うじて見えるだけで、その先は暗くてよく見えない。
 何をしているのか分からない人達が何人か見えるけど観客は居ないっぽい。
 おかげでチビリそうだった気持ちがかなり和らぎました。

『よし、ちゃっちゃと歌って帰ろう!』


 私は打合せ通り、キャスターさん、スタッフさんの順に恭しく礼をした。

 「礼をした後のこと」は、男性キャスターの指示に従え、としか言われてなかったのに、肝心の男性キャスターさんは何故か無言。

 見かねた、おじ様達から絶大な支持を集める女性キャスターさんが代わりに対応してくれたので助かりました。
 こういう時、男性は本当に役に立ちませんね!どうせエロいこと考えてたんでしょ?

 私は指示された通り、スポットライトの下に立つ。
 スポットライトの下は、光の檻と言ってもいい。光源のせいなのか極端に周りが見えづらくなるので、周りから隔離されたと錯覚してしまう。

 光の檻の中で、私は目を閉じ、静かに歌った。
 真の私を目覚めさせてくれた、あの歌を。

 海の彼方から聴こえてきた、あの、優しい歌を。

 スカイツリーのときはハミングだったけど、今回はしっかりと歌詞をつけて歌った。
 伴奏なんて無くても構わない。この歌に関して、私の歌声を超える音などあり得るはずがないのだから…。


 間もなく歌い終わる合図として、私はゆっくりと天を仰ぐ。
 歌い終わると、スポットライトが、続いてスタジオのライトが落ちた。

 暗闇の中に、天への祈りを捧げる女神のシルエットが仄かに浮かび上がる、感動のフィナーレだ。


『電気が点いたら、ランプが点いてるカメラに向かって礼をして、退出。電気が点いたら…』

 私は歌い終わった後の流れを頭の中で呪文のように繰り返していた。



 ところが、いつまで待ってもスタジオライト戻らない。
 うっすら目を開けると、その場に居る全員が声を殺して絶賛号泣中。
 なんでか、アーロン少佐と知子も泣いている。
 知子の泣き顔は特に酷い。もう少し汁気を減らした方がいいと思う。

 どうしようもなくなった私は、「微」に調整していた輝きを消し、暗闇に乗じてそそくさとスタジオを後にした。


 女神が立ち去った後も誰1人として号泣は止まらず、スタジオライトが戻った時には全員の顔面が汁まみれ、という酷い絵面になってしまっていた。


 この放送回は、途中から「可愛い動物の赤ちゃんを背景に字幕ニュースが放送された伝説の放送事故」として、何年にも渡って語り継がれることになる。