「出番まで5分です。こちらでスタンバイお願いします。」

 私はいま、都内の某公共放送局にいます。
 ついでに言うと、スタジオの裏にいます。
 さらに言うと、そのスタジオはニュース番組を生放送中です。
 ダメ押しで言うと、ロングの女神姿に変身中です。

 えーと、まとめちゃうと、あと4分ちょっとで、私の女神姿が全国に生放送されます。



「180です。」

 時はなぜ、平等に流れるのだろう?
 …哲学してみてもチビリそうです。



「ラスト60。」

 腕立て伏せの残り回数みたいに言われてもチビリそうです。



「30。」


「10、9、8、7、6、…!」

 5からは言わんのかぃ!とツッコむ余裕すら与えられないまま、背中を押されてしまいました。
 喋れないからツッコめないけど…。


『うわー!まぶしぃー!!』





ーーーーーーーーーー
 端末に届いた任務を見た瞬間、口から何か出そうになりました。


任務内容:女神テレビ生出演、◯◯放送局19時ニュース
個別指示:女神姿でレクイエム歌唱(非人語にて2分程度)、歌唱後直ちに離脱
出発時間:1600、正門前、車両あり
同行者:アーロン少佐(プロデューサー役)、井伊軍曹(通訳役)
備考:准尉離脱後、少佐のパートへ。少佐パートは准尉非出演。女神の画像はホログラム対応願います。初の人間界進出です。不測の際は井伊軍曹より本部へ連絡のこと。_詳細はこちらから_



「なんじゃこりゃああぁぁぁっ!」

 思いっきり叫びました。

 5万歩譲って、井伊さんがグラビアデビューするならまだ分かる!

 なんで私?
 なんで女神モード?
 内閣ナントカ長官に怒られたのをお忘れかい?
 バカなのかい?

 ヴァンパイアのヴァって、ヴァカの「ヴァ」なのかい?


「准尉、どうした!?」

 任務で使う、ラ…、作戦演出用のホログラムをチェックしていた霧島中尉がクソ真面目な顔で言った。ヴァンパイアジョークではないようだ。


「どうした!?じゃないです!なんですか!この任務は!」

 私は、どうした!?、の部分だけ中尉の声マネをして言った。
 間違っても顔マネはできません。
 そして、無駄にアワアワしている自分がいます。手がいつもより多く動いてます。


「さくらは、ViPメンバーとしてではなく単独デビューすることになった。」

「んなこたぁ、聞いてねぇ!」

 うん。部下がタメ口になる理由が良くわかった。
 日本政府の人に怒られたこと、ホログラムって事で押し通してること、そもそもこの任務に至った経緯が不明なこと、デビューってなんだってこと、いろいろ聞いてやりました。


「また説明不足になってしまったな。すまない。今はホログラムか否かが問題ではなくなってしまっている。多くのCGクリエイター達が女神の再現を試みたが不可能だったため、日本政府に追求がなされた。その場を治めるため官房長官が実在の歌手を撮影した映像をホログラムに用いたと説明してしまったんだ。」

 中尉の説明をまとめると、こうなる。

 女神作れないけど?
 →実際の歌手を撮影したんす。

 なら証拠見せろや!
 →交渉してみます。
 →テレビならOKでました。

 生放送以外信じねえ!
 →生でOKらしいっす。
 →詳しくは番組で。

 →ヴァンパイア界のホログラム技術なら再現できるしオールOK♪

 やっぱりヴァンパイアはヴァカなのか?

 あ、この場合は官房長官がヴァ◯なのか。
 1回出演しちゃったら何回もオカワリ来るに決まってんじゃん。
 先のことなんて絶対考えてないよね?


「ちょうど上層部が人間界メディアへの進出を模索中だった事もあって、騎士団としても渡りに船といえる。」

 オカワリさせる気満々じゃん!


「そのため今回の任務は騎士団トップの方々も大変期待している。それと騎士団とは無関係だが、ドラキュラ様が女神姿の准尉をとても気に入ってらっしゃる、との情報もある。成功すればかなりのバックアップが見込めるだろう。」

 不意に出たドラキュラという名前に、私は口ごもってしまった。
 会ったことはないけど、人間と共生している彼にとても共感を覚えるし、悪い人だとは思えない。



「分かりました。でも1回だけです。それに、うまくいかなかった時はぜんぶ知子のせいにしてください。」

 私の威勢は、完全にドラキュラさんの名前に負けてしまった。
 今回だけ、1回だけ、と何度も釘を刺しておいたけど、中尉は普通に無視すると思う!
 ちなみに、最近はけしからん乳を井伊さんと呼んでいません。



 メッセージにあったリンクを開いてみた。
 私の初任務の詳細設定はこんな感じ。


 フランスの無名ゲームクリエイター「ド・トランブレ氏(アーロン少佐)」は、ゲームの題材として頻出する北欧神話の世界をリアルに再現したいと思いたった。その取っ掛かりとして、ワルキューレの女王、ブリュンヒルドの完全再現に着手。そうして完成したのが今回の女神である。再現にあたり、全て実物を用いて作られており、鎧はもちろんの事、翼も実際の鳥の羽を使用して作られている。また歌姫でもあるブリュンヒルドをより忠実に再現するため、音大声楽科の学生(田中准尉、設定上は実名非公開)をベース体にしている。ド・トランブレ氏のこだわりは止まる事を知らず、現在ではケルト語をベースにオリジナル言語を独自開発するまでに至っている。

 また簡単にまとめちゃいますよ?
 これって「超すげぇコスプレ」って事だよね?



「あの、重要任務なのに、なんで知子が同行なんですか?」

 私は重要にこれでもかってくらい力を込めて言った。


「仲が良いのに知らないのか?知子は名門井伊家の末裔だ。人間界の人脈は相当広い。今回のセッティングは知子に任せて正解だった。」

 な、なんだってぇ!?
 ただの乳じゃない!?

 てゆーか、井伊家はいつからヴァンパイアなんすか?
 桜田門外で井伊直弼を襲った水戸藩の人達、めっちゃ勇気ありますね!侍すげぇ!

 私が驚きを通り越したブ顔で知子の方を見ると、話が聞こえていたのか、知子が椅子の上で踏ん反り返っていた。
 踏ん反り返りすぎて、もはや下乳しか見えない。


「その乳、マジウザっす♪」

 悔しいので言ってやった。



「…同意。」
「裏山。」
「死ねばいい。」

 さっきも聞いたフラット3のコンビネーションアタックが、隣りの更衣室から微かに聞こえた気がした。