『悔しくないの?』
自分自身に言われた気がしてハッとした。
悔しくないと言えば嘘になる。
私の暴走限界を知りたいだけならここまでする必要はない。
彼女は圧倒的な実力差を分かっていながら今回の事に及んでいる。
『悔しくないの?』
もう一度聞こえた。
私の声だったけど、Vマイクロムの言葉だと思う。
『悔しいよ。』
私は私に答えた。
『私も、悔しい。』
私が私に返した。
心に黒い光が灯る。
最初は闘志のイメージだと思ったけど、これは違う。とてつもない熱を持った本物の光だ。
真っ黒で圧倒的な熱量を持ったその光は、私の体内をあっという間に焼き尽くしていく。また気絶するんじゃないかと思うくらいに熱い。
神がいるなら神に誓って言いたい。
この現象はイメージの類いなんかじゃない。
「そ、そんなっ…!?」
何かを感じたラミアが慌てた様子で後ろへ大きく飛び退く。
私の体内を焼き尽くしても黒い光の勢いは止まらず、飽和状態になった光はやがて、さもそこが当然の出口であるかのように、失われた右翼の痕から上体を跳ね上げるほどの勢いで噴き出し、暴れ狂った。
光が暴れ狂う、自分でもおかしな表現だと思うけど、私は背中で暴れる光を確かに「感じた」。
光が毒を焼き払ったのか、焼かれた後の私は、感覚と手足の自由を取り戻していた。
私は骨の見える右手に再びランスをリアライズし、ランスを支えに立ち上がる。
さっきまでの状態でリアライズしていたら間違いなく暴走していただろう。
だけど、いまなら大丈夫、私にはその自信があった。
暴れていた光はやがて収束すると、まるで意思を持った生き物ように翼を形作る。
ついに失われた右翼は、自分の意識とは無関係にリアライズした。
しかし、その翼は黒かった。
その黒は、ラミアの纏う都会の夜のような黒とは違う、どんな色も吸収してしまいそうな黒。
弄ばれ、穢れてしまった私の右半身を、真っ黒な右翼が優しく隠してくれた。
黒く美しい羽根の一枚一枚が、愛しい人に口づけをするように、残酷な傷を癒していく。
再生した右半身は、透き通る様な純白の左半身と違い、少し灰色掛かった曇りガラスの様な質感をしていた。
私は再生したばかりの両脚にしっかりと力を込めて立ち、ラミアに向かってランスを構え、心を落ち着かせて輝く自分をイメージした。
新たな女神は、背中に色の異なる一対の翼を携え、青味がかった銀色の輝きを放つ。
切られたままの髪が軽やかに揺れた。
「V濃度減少率0%…!?こんなこと、ありえない!」
あのラミアが狼狽している。
6本の腕に持った自慢の剣を構えてはいるものの、数分前まで彼女に満ち溢れていた絶対の自信は、私の新たな輝きの前に光を失った。
『インテリジェンス・フェザーバレット。』
立ち竦むラミアにランスを向け、私は自分の知らない単語を思った。
大きく広がった両翼から、優に300を越える数の羽根が剥がれて宙に浮き、まるで照準用のレーザーサイトで狙っているかのように、全ての羽根がラミアを捉えると、耳をつんざく風切り音を鳴らして一斉に放たれた。
羽根はライフル弾よりも速く飛び、描く軌跡は滑らかで美しい。
精神的な動揺がラミアの反応を遅らせたのだろう。
彼女の回避行動は遅かった。明らかに数歩遅れていたのが素人目にも分かる。
しかし彼女は選択を誤ったと、今だから言おう。
単語を知らなくても、何を放ったのか私はきちんと理解している。
私が放ったのは自動追尾弾、インテリジェンス・バレットだ。
例え彼女が地の果てまで逃げようとも追い続け、必ず仕留める。
全ての羽根が彼女を捉えたのは言うまでもない。
頭部以外の全部位に羽根を受け、逃げ惑う姿のまま空間に貼りついた、恐怖を湛えた彼女の顔もまた美しい。
『性欲と食欲は十分満たした?…なら次は、一生寝てろ!』
ありったけの憎しみを込めて、標本のように固まるラミアの首に突き立てたランスの勢いそのままに、槍先を天に掲げると、ゴリッという鈍い音がして、彼女の頭部は簡単に胴体から離れた。
頭のない身体から止めどなく湧き出る鮮血が、私に彼女の死を知らしめる。
殺す気なんてなかったはずなのに、この時の私に迷いはなかった。