『あー、これ、ここでエンカウントしちゃマズイ敵だゎ。』
テッカテカに黒光りするルイズさんの真の姿を、私は物語の挿絵やゲームで見たことがある。
ゲームだと、初見は中ボスとして出てきて、後から色違いの量産型が出てくるパターンの奴。ゲームバランスの関係で中ボスより量産型のが強い可哀想な奴。
『長期戦に持ち込めば倒せるパターンなのかな?』
死なないと分かっているからなのだろうか。ヴァンパイアになってから、ゲームをプレイしているような感覚で物事を捉えてしまう。
「ラミア。この姿のわたくしはそう呼ばれていますの。ご存知かしら?」
言い終わるよりも早く、私は右腕を切断され、同時に頭を含む身体の5ヶ所に見慣れない形状の剣を突き立てられていた。
白金のランスが乾いた音を立てて床に転がった。ランスと一緒に落ちるはずだった右腕は、髪の毛がキャッチしてくれていたお陰で再生を始めている。
一瞬だけクラっとして失神しかけたのは、分離による濃度低下が起きかけていたんだと思う。
「まぁ、悲鳴1つあげないなんて、とってもお強いのね。」
こちらを向いたままズルズルと後退したラミアが、見掛け倒しの女神を嘲笑うように言った。
これはゲームじゃない。バランスもご都合もチートも存在しない。
バカな私に、痛みが「現実」を教えてくれた。
ラミアは神話などに登場する半人半蛇の怪物で、ほとんどの場合、上半身が女性、下半身が蛇の姿で描かれる。神格化される事もある、超高位の怪物だ。
彼女も概ね伝承通りの姿をしている。
異なるのは、艶やかな黒鳶色の肌と腕の数。腕が6本も生えている…。
下半身はイメージしていたよりも長い。
頭髪や皮膚の一部が鱗状に変わるなど、爬虫類要素が多分に含まれる外見に変わっても、ベースがルイズさんだけに全体的な印象は十分美しい。6本腕なのは別として。
多彩な色を反射するこの美しい怪物を神格化したくなる気持ちは分からなくもない。
ラミアが私の再生を待ってから誰かに合図を送った。どこかにカメラでもあるのだろうか。
つなぎ目のない床の中央が静かに開き、忌まわしい診察台が床下に隠れた。床がフラットになった事で部屋の広さが更に際立った。
これだけ広い空間なのに出入口はたった1つ。簡単には逃げられない仕様というワケだ。
勝ち負けの問題じゃないけど、もう切り刻まれるのは御免だ。彼女がその気で来るのなら、やられる前に降参させれば良いだけの話…。なんだけど、先ほど見せつけられた一撃で実力差は明白。彼女も私の戦意を奪うために、あえて先制攻撃してきたのだと思う。
私に勝機があるとしたら、聴覚と飛行能力しかない。
私はラミアの動きに目を配りながら、改めて部屋を観察した。部屋は綺麗な円形をしている。天井はドーム型で中央が一番高い。
私は落としたランスを拾わずに、改めて別のランスをリアライズした。新しいランスの感触を確かめるフリをして、柄でコツコツと床を2回鳴らした。
全方位に拡散した音が反響を繰り返し戻ってきた。
女神の私は耳が良い、風を読んで飛ぶほどに。
この部屋の直径は約60メートル。
天井の最高点は約20メートル。最低は約3メートル。
ラミアまでの距離は約4メートルだ。
「うふふ…。何を考えているのかしら?我慢強い女神様がどんな声で鳴くのか楽しみだわ。」
ラミアが6本の剣を鳴らして、じりじりと距離を詰めてきた。
今度も簡単に間合いに入られてしまった。
寸前のところでVマイクロムが身体を動かしてくれたから切断は免れたけど、また4ヶ所も斬られてしまった。
ただでさえも彼女の動きが読みにくいのに、剣の形状も特殊だからまじ厄介。
てか、こっちもヘソ出してなきゃ斬られなくて済むのに、なんで鎧がブラタイプなんだよ。
『あれ?Vマイクロムは何に反応して動いたんだろ?』
霧島先輩に攻撃された時もVマイクロムが自発的に現れて防いでくれた。
それはVマイクロムに事象を認知する術がある証であり、普通に考えたら私の脳波を使って認知している。
『…だからパワーアップするんだ!』
私の直感が唐突に結論を見つけた。