私の体験した検査が一般的な精密検査なのだとしたら、精密検査を撲滅した者が世界を統一をできると思う。

 精密検査を受けた私の、率直な感想を言おう。


 死んだ方がマシ、これに尽きる。





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 整ったヒールの音が、後付け効果音のように2回鳴った。


「私は騎士団の先進医療研究を統括しているルイズと申します。女神様の精密検査ができるなんてとても光栄ですわ。私、今日のためにルーマニアから来ましたの。」

 和らいだ逆光の中から現れた、白衣姿のとても綺麗な女性が差し出してきた右手に、私は超ぎこちない動きで応える。握手に正式な作法があるなら、是非とも教えていただきたい。
 シルエットはコートじゃなくて白衣。医療棟なんだから当たり前。


「田中さくらです。今日はよろしくお…」

「こちらへどうぞ。」

 彼女は私の言葉を遮る様に、ごく自然な手つきで私の腰に手を回してきた。
 この遮るタイミング、どこかで体験した気がする…。


 私はルイズさんにエスコートされるまま、だだっ広い部屋を中央に向かって進んだ。一際明るく照らされているそこには診察台らしきものが見える。
 彼女の奏でる機械的なヒールの音と、私の足から出る野生的なペタペタ音が、サッカーコートの半分はありそうな部屋に染み渡っていく。こんなに広い部屋なのに診察台しかない。



 中央に見えていた診察台は、私の知るそれとは型が異なっていた。X型と言えば伝わるだろうか。
 仰向けになるよう指示され、私は診察台にバンザイをする格好で横になった。


「少し痛みますけど、我慢してくださいませ。」

 ルイズさんは、診察台の横にある機械を操作しながらそう言うと、私を覗き込んで上品に微笑んだ。
 彼女「も」かなりの美人だ。歳は30手前くらいだろうか。少し派手な顔立ちと白衣のギャップがエr…イイと私は思う。選りすぐられたパーツがバランス良く配置されたドキドキするような造形美。口元のホクロが絶妙なアクセントになっている。しかも白衣越しでも分かる、大人のボディライン。特にヒップラインはユネスコに連絡したいレベルだ。
 特徴だけを捉えるとセックスシンボル的なのに、彼女から受ける印象は知的の方が強い。元来頭の良い女性だからこそだろうか。フレームレス眼鏡とブルネットロングヘアーの補正効果だけで、十分すぎる知性を演出している。

 

 世渡り上手そう。



 診察台から出てきた金属の輪が私の手首と足首をしっかりと固定した。金属が食い込むほど締め付けてくるのでかなり痛い。
 彼女の言っていた、少し痛む、の意味が分かった気がする。

 そして痛みに慣れる猶予もなく、Xの棒の部分、つまり私の手足の乗っている部分が、それぞれ外側に向かって1メートルほど瞬間移動した。
 徐々に離れていく過程は全く感じられなかった。


「っ!!っ!ぁあっ!がっ!」

 ちぎれた。
 私の手足は正しい位置よりも1メートル外側にある。
 血液の代わりに体内を巡る例の繊維状物質のお陰で四肢分離は免れた。それでも辛うじて数本繋がっている程度だ。

 私が並の人間だったなら、ショックで絶命か気絶、いずれかの結末を迎えていただろう。そうできたならどれ程幸せか。
 思い返せば、神河さんに心臓を吹き飛ばされた時も意識があった。痛みがなかったと言えば嘘になる。だけどあの時は、ずっと大好きだった人に告ってフラれた時のような、ズキッとした、どこかヴァーチャルな痛みだった。
 残念な事に今回の痛みはハッキリと痛覚が認識してしまっている。今まで口にしてきた「死ぬほど痛い」など、この痛みに比べたら無痛に等しい。

 不死身の治癒能力と引き換えに、私は「死の痛みを知る権利」を得てしまったようだ。まだ14日経っていないはずなので可能なら2つとも返品したい。


 宿主である私が呼吸すらまともにできない状況にあっても、Vマイクロムは再生しようと必死に蠢いている。繊維状物質がお互いを引き合う度に、壮絶な痛みと何者かの悲痛な叫びが私の脳に刺さった。


「あぁ、すごいわ。並みのヴァンパイアじゃ吸血しながらでも逝ってしまうのに。うふふ。永遠に逝かないなんて…最高だわ。」

 

 知的な女医が突如豹変した。