『騙された!』

 確かにあの部屋からは出られた。
 だがしかし!医療棟までの道のりは軟禁部屋と同じ階層の地下を走る歩行専用チューブの中を移動するだけ…。期待していた外の景色は全く見られなかった。


「着きました。ここが医療棟です。」

『しかも徒歩5分かぃ!(アシスト歩行時に限る)』

 ドアの横に立っている警備兵に敬礼してから、先輩が目的地到着を教えてくれた。相当頑丈そうなドアだけど、果たして警備兵の彼は必要なんだろうか…?


"申請書はここで提出。"

 ドアの中央には、そう読めるヴァンパイア語が表示されている。
 先輩は、おほん、と咳払いをしてから、ドアに向かって所属を宣言し、続けて「呪文ちっくな言葉」を言いながら魔女っ子風のポーズを決めた。


"申請書受理。霧島少尉、どうぞお入りください。"

 ドア中央の表示が変わった。
 …あの、呪文ちっくな言葉と魔女っ子風のポーズが申請書だった、という理解でよろしいでしょうか。

 入る直前に警備兵からアイドルとしてサインを要求された先輩は、別件任務中なのですみません、と申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。



 医療棟内は沢山の負傷兵でごった返していた。

「最近はセンシングブレードによる負傷が増えています。結合剥離を引き起こすセンシングブレードの傷は、我々ヴァンパイアでも再生できません。」

 私の表情を見た先輩が言った。先輩としては聞かれる前に答えたつもり、なんだと思う。私が聞きたかったのは、何で、じゃなくて、どこで、なんだけどね。

 ロビー的な場所で先輩と「あっち向いてホイ」をしながら待つ。
 ジャンケンが強すぎる先輩に言い寄ろうとしたタイミングで、大多数の男性が性的に好みそうな顔の、まばたきをしない看護師さんが来て、私だけ奥の部屋へ行くよう首の動作で促された。私の所へ来た看護師さんは、さっき通りすぎてった別の看護師さんと同じ顔。よく見ると看護師さん達は髪型が違うだけで全員同じ顔をしている。
 どうでもいいけど、あっち向いてホイは32対0で先輩の圧勝だった。冷静に考えたら動体視力が向上してる相手に勝てる訳がない。


 ドアを開けると、また同じ顔の看護師さんが腕組みをして待ち構えていた。よろしくお、まで言ったところで、いきなり服を全部剥ぎ取られ、全裸の私を腕組みしながら上から下に舐めるように見た看護師さんは、首の動作で先に進めと言った。
 ここの看護師さん、スゲェ怖いっす。

 「先」は金属の格子戸で塞がれていた。格子の向こうは動く歩道っぽい。ハンドルが見当たらないので、とりあえず格子を掴んで左、右にスライドさせてみる。ビクともしない。押してみても結果は同じ。
 一本道だったけど道を間違えたのかも、と振り返ったら下から同じ格子がシャキーンと現れて、左右と後ろ、全ての退路を塞がれてしまった。私は格子の立方体に捕らえられたことになる。
 これって、ちょうど格子が出てくる所にいたらどうなるんすかね?

 格子の立方体、というか、檻が動き出した。動く歩道に乗ってゆっくりと進む。動き出すまで気づかなかったけど、上下も他四方向よりも少し目の細かい格子でちゃっかり塞がれていた。動く歩道には所々、光っているポイントがある。私はこのポイントの意味をもうすぐ理解する。
 1つ目のポイントがちょうど真下に来た。凄い音がして、痛いくらいの威力で全方位から液体の噴射が始まった。しゃがんでると変な所に液体が入りそうなので直立不動で耐える。
 次のポイントで気体、その次は熱風、とガソリンスタンドにある洗車機のようだ。最後にまた気体をかけられて、やっと動く歩道が終わった。

 後ろ以外の格子がまたシャキーンと床下に消えた。
 だーかーらー、格子から手足が出てたら一体どうなっちゃうんすか?

 直立不動のままその場で待っていると、前の壁が開いた。壁の中にはラメラメの布切れが置かれている。
 さすがに全裸は恥ずかしいので、恥ずかしい色の布切れを手に取る。壁がシャキーンと閉まった。閉まった壁には、さっさと着て先に進め、と読める文字が浮かんでいる。
 …もう何も言いません。

 布は身体の前後だけを隠す仕様で、身体の横、腰のあたりを紐で縛って着るタイプだった。身体の側面に布はないので、横から見られるとあまり全裸と変わらない。

『ちゃらーん♪さくらは無意味なラメ布を装備した!全裸から、ほぼ全裸になった!防御力+1。オシャレ度ー254。』


 床に点々とガイドランプが灯った。ランプの光は直線ではなく、左奥へと曲がっている。


『そしてさくらは、長い旅路の果てにボスの部屋に辿り着いた。このオシャレ度でボスに勝てるのだろうか…?』

 そんてことを考えながらランプ沿ってトボトボ歩く。そしたら、本当にボスの部屋っぽいドアが見えてきたので、逃げたくなった。


 ピピッ…プシュー…

 電子音に続いて、空気の抜ける音がした。
 迂闊にもボスのドアに触れてしまった、自分を責めた。まさか触れるだけで開くとは思ってもいなかった。
 ボスのドアがゆっくりと開く。

 なぜシャキーンと開かないのか…。



 ボスの部屋は真っ白でとても明るかった。数歩先にコートっぽいシルエットが立っている。逆光で顔は見えないけど、人だと思う。


「ようこそ、女神様。」

 シルエットから柔らかな女性の声がした。

 ヴァンパイアになってから、初対面全裸のシチュエーションがやけに多い。