《私と加藤清正公》 熱田伸道
私と加藤清正公の出会いは、今から4年前、平成20年6月山形県鶴岡市致道博物館へ甲冑見学・調査に出かけた時である。嫡子忠広公配流の地、丸岡城跡を紹介された。丸岡城跡は現在整備され近い将来資料館が創建されるそうである。 北側に曹洞宗天澤寺があり、境内高札看板に清正閣と題し下記のように書かれている。 昭和24年、清正公遺骨探索の調査では第一番目にこの閣の下が発掘され、その結果、地下2mの地点から清正公着用と推定される鎧が出土し、天澤寺に保存されている。 |
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天澤寺に保管された鎧の残欠を拝観し、室町末期頃に出現した金胴丸(最上胴丸)と判断できた。長い年月を経過し形を成していないが、その一部位を手に取り、この形代を想像したときは言いようも無い感動に浸ったことを覚えているがそれと同時にどうしたらいいのだろうという不安を感じた。私の役割は、この清正公の甲冑の残欠を復元するのだろうかと思ったからだ。
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