6歳ぐらいだったかな~?

夜中に寝室のドアをノックする音が聞こえて目が覚めた。当時のボクはご多分に漏れずおねしょをしちゃうような、夜はグッスリ系の子どもだった。それなのに目が覚めた。

「ねぇねぇ、開けてよ」

確かに声が聞こえたからドアを開けると、黒縁の眼鏡をかけた、年の頃20代のお兄ちゃんが立っていた。少し笑ってる感じだったから警戒心はなかったかな。

「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」

別に何も考えないで誘われるまま廊下に出た。お兄ちゃんの後をついていくと、表側の誰も使っていない和室に入っていく。
その部屋は誰も使っていない。いや、むしろ昼間でも入るのがはばかられた雰囲気の空き部屋だった。その部屋は昼間とはかなり違っていた。何が違っていたかというと、部屋一面ロウソクが灯っていたんだ。

「これをね、点けたり消したりするのを手伝ってほしいんだ」

お兄ちゃんはこともなげに言う。言われるままにロウソクを消したり、お兄ちゃんの真似をしてロウソクに手をかざして点けたりする。そんなことを夜な夜なやっていた。それに何の意味があるのかはわからないが、ボクは不思議な魅力に取り憑かれたかのようだった。

ある日、ボクのお袋が昔の写真を見せてくれた。自営業の車販売店ならではの、働く男が満載の、ともすればつまらない写真ばかりだ。でもその中の一人の顔に、目が行って動けなくなった。

「どうしたの?」
「ボク、このお兄ちゃん知ってる!」
「……え、なんで?」
「うん……」
子供心に、なんか言ってはいけないような雰囲気がそこにあった。

「そんなわけないよ。この人とアンタは会ったことないよ?」
「え、でも知ってるし、顔も見たことあるし……(一緒に遊んだことあるし)」

「この人は、昔住み込みで働いてた人で、アンタが生まれる前に事故で死んだんだよ」

急に怖くなった。じゃあ、いつもボクの部屋に誘いにくる、あのお兄ちゃんは? 死んでるの?


その日の夜、やっぱりというか当然というか、寝室のドアをお兄ちゃんがノックした。
「こんばんわ、今日も遊ぼうよ!」
答えられるわけがない。この人は誰? なんで来るの? 行ったらどうなっちゃうの? おしっこしたい。

結局、何時間かわからないが、誘いの声を無視する時間が過ぎていった。当然おねしょをしていたが、怖くてトイレには行けなかったのだ。冷たい下半身の感覚と、なんだかわからない寒気に耐えながらいつしか眠っていた。朝起きて、お袋に怒られたのは言うまでもないが、その日を境に夜のお誘いはパッタリなくなった。

あとでわかったことだが、ロウソクを点けたり消したりしていた部屋は、そのお兄ちゃんが生前住んでいた部屋だった。あれから30年以上経った今でも、あの声は忘れられない。あの声と似ているというだけで、親戚の兄さんが嫌いになったほどだ。

雪の降る夜は、昔の不思議なことを思い出す。子どもの頃って、不思議なことがいっぱいあったと思う。


追伸

この出来事をきっかけとして、ボクは霊感が強くなってしまった。これについてはまたあとで触れたいと思う。

 頭に残ってる一番古い記憶は、おそらく5歳ぐらいだと思う。




 リビング(といっても和室でないだけのだだっ広い居間だが)の入口で、両親が口喧嘩をしている。それを自分が座ったまま泣いて見ている。


 ただそれだけの記憶。そこに至った経緯も、その後の結果も覚えていない。よほど心に刻まれるほどの衝撃を受けたのだろうか?


 そうかもしれない。そうだといいなと思う。せめて5歳のときぐらいは、人並みであってほしい。




 それからしばらくの期間はあまり記憶がない。とりとめのない記憶ばかりだ。




 ……いや、違うな。未だに心からぬぐい去ることができない決定的な事件があったはずだ。これも5歳ぐらいのはずだと思う。




 ボクの生家は車やバイクの販売をやっていた。1階が店舗だったために、居住空間は2階に限られていた。マッチで火を点けるタイプの木の風呂。いつも木の湿った匂いがしていて嫌だった。でもそれほど不快でもなかった。


 そんな風呂場の隣にあるのが物置だ。その物置の中に何があったかは、ある物を除いて覚えていない。そのある物が事件の元だから、他の物は記憶に残らなかったのだ。




 大きな木の樽……。確か3つぐらいあったと思う。その樽の上を、まずは右に、次は左に、と乗り移るのが楽しかった。5歳ですからね。


 どのぐらい遊んでいたのだろうか。「メリッ」という少々後を引くような音を立てて、樽のフタは割れた。小学生でもわかる結末。まあ、5歳ですからね。


 その刹那、ぬるりとした感触が足に触れたかと思うと、急に腰から下の自由を奪われた。そして、圧迫感のある感覚は、腹、胸、のどへと上がってくる。いや、本当は上がってくるのではなく、自分が下に沈んでいるのだ。そのことに気づいた頃には、強烈な匂いが鼻を刺した。その匂いの正体は、“ぬか漬け”だった。口と鼻と、おそらく目と耳の穴にも、ぬか漬けは入ってくる。髪もいい具合に漬かっていた。




 そうしてボクはぬか床に植えられた植物のように、頭頂部の髪だけを出す状態になっていた。なんてラブリーな植物だろう。その後は、どうにかこうにか助けられたらしいが、特に鼻に入ってきたぬか漬けの匂いが、洗っても洗っても、2日経っても3日経ってもとれなかった。とにかく気持ち悪い。自分がぬか漬けの匂いを発しながら生きている、ラブリーな植物に思えてしょうがなかった。まあ、5歳ですから。




 そんなわけで、ボクはぬか漬けが嫌いになった。というより、“ぬか漬け”という概念がわからないから、漬け物全体が嫌いになった。「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」とは言ったものだ。


 この漬け物嫌いのおかげで、家にいながらいろいろと苦労する羽目になった。そう、何を隠そうぬか漬けを漬けた張本人、我が家のばーちゃんだ。うちのばーちゃんは、ホントにマメな人だった。


 ぬか漬けはもちろん、たくあん、お新香と、何でも漬け物にする。いい茄子が手に入ったら茄子漬けにする。山に行って山菜を採ってきては漬ける。その作業工程において、ボクの鼻を漬け物独特の匂いがかけめぐるのだ。そんなときは、こたつに潜ってやり過ごしたっけなぁ~……。




つづく