それはしないと決めたくせに。


まず本を買ってしまった。北村薫『夜の蝉』と『朝霧』(創元推理文庫)。授業で『六の宮の姫君』を扱うので、このシリーズを抑えなければ、という理由。同様の理由で、チェーホフ『かもめ・ワーニャ伯父さん』(神西清訳・新潮文庫)。『六の宮の姫君』の中ででてくるから。


 そして、紅野謙介『検閲と文学』(河出ブックス)。大体はお聞きしたことのあるお話ではあるものの、やはり買っておかなければ。


 本は買わない、ただし仕事に関わる物は除く。というルールなので、上記は仕方ない、と思いつつ、でも買ってしまうと罪悪感。買い物(買い書)依存ぽくなっていたから。


 さらに、OAチェアの安いのを一脚と、折りたたみパイプ丸椅子。Yさんが来た時の椅子がないのと、一人でも椅子が二つあった方が楽なので。でもこれも迷った。買ってしまってから云うのはアレだ。


 その上。ユニクロでセーターとベスト。薄手で秋口にちょうどよかった。あああ。


 もう買わない。たぶん。きっと。



 今日は研究会だった。お世話になっている先生の新著合評会。一部の報告を担当した。なんとかこなせて安心する。飲み会ではちょっと(僕としては)飲み過ぎで、途中で眠くなった。


 研究に関して、嬉しい連絡があり、インタビューに行くことになりそう。都内なので近所だけれど、やったことがないので緊張もする。とりあえず、研究対象の作家の年譜や著作概要のまとめをつくらなければ。その前に約束の連絡をしなければ。あたふた。


 来週末は所属学会の秋季大会。しかし関西まで出かける気合いも懐もない。



 明日は書類書きと仕事をしよう。したらいいな。しろ。



 一冊最後まで読むのは最近は珍しい。表紙とタイトルでかった、平山瑞穂「シュガーな俺」(新潮文庫)。


 大変おもしろ恐ろしかった。自分の食生活と体調がどんどん不安になる一冊。野菜を食べます…。


 しかし、主人公は最後に病気と向き合って立ち直れるわけですが、それにはラストに訪れる職業上?の成功が大きく作用していて、それがなかったら、救いは訪れなかったかも知れない。そういう点では、ちょっとできすぎな話だなとは思った。


 いや、作者の実体験ベースのこの小説は、その点も「できすぎでもリアル」なんだろうけれども、つまり、そういった「救い」は、一般の糖尿病(ではなくても重い病気の人々)には、なかなか訪れる物ではないだろう。そういった人々は、病気で辿り着いた絶望に直面した時、どうなるのか?どうするのか?それを考えると、もっと恐ろしい。なぜなら、自分が病気になったら、必ずそうなるだろうから。


 その意味でも、読んでよかったと思う。でも読みっぱなしになってしまうかな…。


 少しでも、生活を変えられれば、意味はあると思う。


 明日は午後の学校が入試で休校。若干の余裕が助かる。



 やっと不良品テーブルを送り返した。


 そして新しいテーブルが来た。


 なんとなくアマゾンをみた。


 テーブルの値段が値下げされていた。


 

 どういう嫌がらせなのか。


 

 無理矢理に論文を投稿することにしたので、三連休最終日は徹夜で明けました。


 一時間半寝てお仕事へ。今日はミスもあってがっかりな日でした。ミスがない日の方が少ないですが。


 帰宅して100円ショップで買ってきたパンをかじって、買いだめ死蔵していたDVD「キサラギ」を鑑賞。


 とても面白かったですが、教材にするつもりで買って、さてこれをどうやって教材にするの?と固まる始末。


 楽しんで終わりっぽいです。



 プロフィールに本を買うとかかいているけれども、今、買書禁止中です。


 来年引っ越しなど、資金のいることが増える予定なので、今までのあるお金を右から左生活を改めることになりました。


 もっとも、買ったまま読んでない本が山のようにあるので、読む本にこまるということはないです。


 それでもなんとなく落ち着かないのは、本の買い物依存症みたいになっているからだろうと思います。


 今のような非常勤仕事ではなく、フルタイムの仕事についていたとき、疲れきった状況での楽しみが「日本の古本屋」で資料を探して「お、この本使える!」と見るやぽちっとしていた、その時覚えた快楽をそのまま引きずっているのです。


 でも今はがまんがまん…。とりあえず、引っ越しがあるであろう来年7月までは。長いよ!


 仕事に必要な本は買う、というザル法なので、まさに「前項の目的を達するために」買ってしまうことがあるかとも思いますが、しかし、将来を考えるとやっぱり気をつけなければ、と自戒します。


 こういうことを言うと(書くと)、友人知人のみなさんが、飲み会とか食事とか遊びに誘うのを遠慮してしまいそうですが、それは喜んでいくのです。その文の予算はキープしているからです。そして、それでもなんとかなるくらい、限られた給料で本だのDVDだの買っていたというわけです。はあああ。


 そして昨日は、そんな僕の最後のネット買い物がアマゾンから届きました。


 OAチェアとテーブルです。


 今まで、一人暮らしの部屋でこたつテーブルを仕事机兼PCデスク兼食卓として使ってました。


 昔一人暮らししてたときもこれで全然行けていたので大丈夫だろうと思ったんですが、もう全然だめ。狭い。そして危ない。飲み物や食べ物と書類パソコンの相性はサイテーです(当たり前)。


 そしてこたつテーブルなので当然床に座椅子で座ることになるのですが、太っていて体力減退中の僕にとって、そして物の管理最悪の僕にとって、床に座るのはコトをする意欲を奪わせるのです。


 「あ、あれどこ?」「あれ、さっきのはどこ?」「あ、飲みものがない」…


 こういうとき、立ち上がるのが面倒になってしまって(そして、立ち上がる体力気力が萎えて)、そのままぼーっとしてしまう。そういうダメ人間道まっしぐらになってしまうわけで。


 それを改めるにはどうしたらいいか?


 ――椅子に座って生活すればいいのでは?


 という結論に達したのでした。単純すぎる。


 ヒントは、職場にありまして、教員職をしている僕が学校にいくと、もちろん専用の机はなく、教員室という大部屋に行くわけです。そうすると、そこには、いわゆる会議室テーブルという長机が並べられていて、そこで先生方がいろいろ準備や支度をしているのです。


 で、僕もよくそこで準備・支度・仕事・(勉強)をしているのですが。


 これが大変やりやすい。大きい机に資料を思いっきり広げられるのはほんとに気持ちいい(ほんとう)。なんてはかどるんだろう(これは半分嘘)。そうだ、僕の部屋もそうしよう!


 これは半分無意識で無視した部分もあり、たとえ長机を置いても、その上に僕が荷物を散らかし始めれば「広げられるのは気持ちいい」は失われます。それでもまあ、床に座ってるよりは行動性が高まると言うことは期待したのです。


 長々しいですが、そんな目的で買ったOAチェア、そして120×60×70×2のテーブルが、来たのです。


 「×2」?そうです、2台も買ったのです。ほほほー。広い机ー。


 その代わり確実に部屋は狭くなる…。


 ともあれ、今はそんな「広い机」でPCをぴこぴこしています。はかどる~。


 というのは、やっぱり半分嘘。さらに残った半分も嘘。だって、まだテーブルも半分だから。


 いきなり、不良品つかまされたんですよ!テーブル天板の裏に渡す補強の鉄棒と足を止めるボルトの穴が上下逆に開けてあって、どうにも噛むわけがない。なんだこりゃ。いきなりテンションだだ下がり。大物配達だから、時間指定もして、飯も食わずに部屋で待っていてこれか(配送の人は一ミリも悪くない)。


 がっくりしつつ、最初は「大して重たい物も置かないだろうから、補強の鉄棒なんかなくていいかな…」とか思ったのですが、それだと勝ち負けでいったら負けなので、交換要請をアマゾンに。アマゾンは交換要請にはさくっと応じてくれる(着払いで)のでそれはいいんですが、イヤなのは開封した大物テーブルをまた箱に収めて、密封すること。でかいし、重たいし、下手な封では危ないしで、やっとこさ、部屋に来ていたYさんに手伝ってもらって入れ直しました。そしてそれを近所のクロネコヤマトに持って行こうと外まで持って行ったら(ほんとに近所にある。ラッキーだった)、祝日休み…。


 コンビニは、縦横高さ計170センチ以上の荷物は受け付けないので、これもダメ。今、部屋に妙な長い段ボールの大板が立っています。あーあ。


 早く机を並べて、気持ちよくなりたい物です。


 という文章を書き散らし、〆切間近の論文は動かない…。



 しばらくぶりですが、ブログを始めてみます。


 読書などの記録にしたいですが、あんまり読んでない(…)ので、日常のことになるでしょうか。


 分かる人が見れば、すぐに誰だか分かってしまうものになると思います。


 ひっそり始めます。