落ちこぼれだけどミャンマーで何か力になりたい

落ちこぼれだけどミャンマーで何か力になりたい

2015年5月6〜13日にミャンマーでの国際ボランティアに参加します。参加を決めた理由、渡航までの準備、現地で学んだことを記していきます。

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自分のみていた世界は狭かった。
世界をみたら、全然違ってた。
日本にないものがアジアのほかの国は持ってた。
知らない人だけど、いいと思うことをする。
たかが知らない人だけど。
それを自然にやっちゃうんだよね。
トイレが汚かったり、虫がたくさん出たり、いっぱい日本に劣るところはあるけど、日本に帰りたくなくなっちゃう。
日本に帰ったら元の狭い世界の中で生きることになる。
もっと世界を広げたい。
そういう生き方があるんだ~。それでいいんだ~って思うことばかりだった。
病気の患者さんの容態を一生懸命ほかの人が説明する。八百屋のおばちゃんが顔覚えてくれてにっこり笑ってくれる。
はじめて会うのににっこり笑ってくれる。
何を言ってるかわからないけど一生懸命聞いてくれる。
乗り合いバスなのにタクシーに乗り継ぐって言ったら安価で連れて行ってくれる。
当たり前が全然違う。
そんなこと平気でやっちゃうの?ってことを平気でやる。
話し声うるさいし、音楽も爆音だし、虫だらけだし、野菜の質悪いし、インターネット使えないけど、愛に溢れた素敵な国に出会えました。
ミャンマーに染まったあとの東京は怖い。
東京は狭い。
人が冷たいし、他人行儀だし、隣の人にも気を使わないし、一日中人のいるところにいても一度も人と触れ合わない日もある。それは寂しい。
べつにいいじゃん。
となりの人と話したって。
仲良しになったって。
絶対に世界に出る。
早いとこ出る。
日本って独特な国だなって思った。
他人行儀なところが。
変にものがおおくなりすぎて、そんなことで心も満たそうとする。
周りからの影響でそうなっちゃうんだけど、それっていたちごっこのような気がする。
ほかの企業がいい製品を出したら、また次の製品を出して、利益のことしか考えない。
売り上げ、利益。
でも、ミャンマーの人はただ好きだから爆音で音楽を流す。
ただ好きだから、人と話す。商売目的ではなく。
日本で話かけたら変なビジネスの勧誘だと思われるからね。

あとは、あんな僻地でがんばっている日本人がいることに感動した。
というか、自分は何をしているんだと思った。
自分はもっとできるのに、本気でがんばっていないし、無駄なことをしている気がする。
もっと自分のやりたいことにフォーカスして、全力でそこを極めてみる。
1点に集中する。
情報がありすぎて、いろいろやりたくなって、それが幸せではない。
情報過多は、よくないのか?
考えるタネになった気がするけど、考えるタネはそこらじゅうころがっている。
わたしは、情報を集めているというか、考え方をかき集めている。考え方を学んでいる。
人としてどんな生き方があるのかとか。行動の仕方とか。
それはいいと思う。
ただ、今までは嘘だった気がする。
やっぱり第一希望の人生がいい。
第一希望は、ワーホリに行く!
日本語教師の免許をとってくる!
海外の人と話して、わたしはなりたい自分になりたいのだ。

学んだこと。
一期一会。
わたしは今まで広範囲にわたる影響を目指していたけど、そうなると影響力が弱まる。
というか、そもそも響かない。
一人のためにがんばってみる。
仕事ってそういうもんだ。
わたしが5年間、1万時間がんばった結果、一人の人生が豊かになればそれでいい。
一人の力で一人の人生が豊かになればそれでいい。
いっぺんにできるかもしれないけど、いっぺんにやろうとするより、一人を幸せにできた方がわたし自身が幸せになる。
だから、わたしはこれから会う子供たちのために勉強して、幼いころのわたしのような子供に自信を与えたい。
わたしはできる。
ガーゼ縫うのもいっぱいやった。
今こうしているうちに、看護師さんたちはがんばってる。
6時にラジオ体操をして、料理を作って掃除をして、仕事に出かけてガーゼを塗って。
ミッションのときには数時間しか眠れず、睡魔と戦いながら患者さんの世話とオペの補助にあたる。
メンタル強くなるわ。
わたしはそこまで本気でやっているのだろうか?
環境のおかげとも言えるけど、看護師さんたちは好き好んでそのような環境に身を置いた。
わたしにはその勇気があるのだろうか。

でも、看護師さんたちががんばってるときに、そこらへんで遊んでるなんてわたしにはできない。
がんばろう。
人のためになることをしよう。