新潟県の奥胎内、飯豊連峰の北端に位置する杁差岳に登ってみました。新潟市内近郊で日帰りにて登れる山では最高峰ではないでしょうか(1636.4米)。此度、私が歩いたルートは、奥胎内ヒュッテから登山口である足の松尾根取付→水場への分岐→大石山分岐→杁差岳。しかし日帰りコースと言えども、往復でフルに十時間を要しました。
ところで「杁差岳(えぶりさしだけ)」と読める方は、新潟人でも多くないのではないでしょうか。この山の名前の由来が面白いので、2013年版山と高原地図「飯豊山」から引用してみましょう。
(以下引用)
杁差岳「えぶりさし」又は「いぶりさし」と発音する。地元関川村の盆踊歌に「杁差岳人形見れば家内みな出る種蒔きに」とあるように、えぶり(農具の一種)を担いで腰を曲げた「いぶり爺さ」の雪形を見て田をならし種蒔きをしたのでこの名がある。また「いぶり」をアイヌ語と関係があるのではないかと指摘する人もいる
(引用ここまで)
夜明け前の奥胎内ヒュッテにて準備をば。幸いなことに天候に問題はなさそう。早朝行動は俄然テンションが昂ってくるのです。
いざ登山口に立つ。
ブナ林を通り抜けます。
お馴染みの得体の知れぬキノコが出迎えてくれました。キノコ狩り目的で入山する方もいるとか。しかし下記写真のキノコは食用に適しているのか甚だ怪し気也・・・・。
直ぐに「松尾根」の名に恥じぬ根っこが絡み合った急坂の洗礼を受けます。壁の如く立ちふさがる根っこの急坂の繰り返し。前方に山ガール(元)さんが写りこんでいますが、この方のペースが早いのです。相当慣れている様子。
兎に角、足を取られて歩き難いことこの上ないのですよ。そしてこの山は蛇がやたらと多いのです。往復で二〇匹近く見かけました。ニョロゝと嫌な音がするので其方を見ると青大将やらニホンマムシやらの蛇ーローテーションです。マムシ酒を作る為に入山する方もいるようですね。秋口のマムシは出産時期で気性が荒いので要注意です。
通過点である姫子の峰を過ぎると、それ程危険ではない岩場も有りマス。
朝日に照らされた山肌。このような風景を楽しみながら歩くと疲れが飛びます。
滝見場からズームして滝をパシャリ。
平成元年に登ったであろう先人のマーキングもパシャリ。この時代に辛うじて息衝いていた変体少女文字(いわゆる丸文字と言うやつです)風味であることに注目すべし。
この付近から森林限界でしょうか?岩場が見えると燃えます。
落っこちたら洒落にならないでしょうね・・・・。注意して進みましょう。
ヒドノ峰です。
OH!絶景哉!
杁差岳を登った井手敏博氏はこの山を指して以下のように述べています。
「飯豊には原生林の息づかいがあり、動物の呼吸がある。登山する人間の汗、吐く息の喘鳴、聞こえもしない海鳴りと隕石の斜めする落下音、激しく光る星の明滅、森の暗がりで媾う獣の咆哮。官能を震わす大気を湛える山塊である」
井手敏博の日々逍遥 豪宕の杁差岳より
>官能を震わす大気を
・・・・・・五臓六腑と四肢に刻み込みながら登ります。
大石山山頂へ到着。
この付近からの風景は神がかっていました。
辺り一面山しかない。
紅葉がちらほらと。
まるで別世界です。暫し白痴のような表情で佇む私。
鉾立峰到着。
さぁ、杁差岳山頂までもう一息。
途中、越後の山を愛した藤島玄氏の還暦を記念した石碑が。碑文の内容は上記にある井手敏博氏の記事に全文載っております。
杁差岳の避難小屋が間近に見えてきました。
避難小屋をスルーして山頂へ急ぎます。
杁差岳山頂に到着。小さな祠が鎮座されていました。手を合わせましょう。
うっすらと佐渡島を望めました。
恒例のオニギリを食べて下山しましょう。
下山したら野生のお猿さんが出迎えてくれましたよ。
数年前に杁差岳を登った人の動画がありました。流れるBGMは姫神の神曲「光の日々」ですね。風景にマッチしてます。