単純な泉水の頭で、考えることもあるのですよ(-ω-)

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こんにちは、泉水(いずみ)です(・ω・)/


私はタバコ吸わないのですが、家にお仏壇があるので、お線香をつける時などのために、ライターは家庭の必需品です。

そのライター、安全装置とやらがついたそうですね。

まだそれを見ていないのですが、どんなもんですか?

たしか、小さい子が使って亡くなってしまった事故からでしたよね。

亡くなった子供達がかわいそうでかわいそうで。

しかし、その後・・・何故にライターの安全性に?

親が使っているのを見たら、興味を持つのが子供だと思うのですよ。

私が小さい頃、親から

「子供がマッチやライターで遊ばない。 使うのもダメ。 

 どうしても使う時は、大人がちゃんと側で見てる時だけ。」

とキツク言われていたものですし、子供の手の届かない場所に片づけていました。

私は深く考えない呑気な質でしたので、触ることもしませんでした。

興味もなかったし、火事になったら大変だとも言われていましたので。

なので、「言ってあるからわかるよね」ではなく、言ったうえで保管場所をしっかり考えるのも親の責任なんだと思うんです。

危ないなら子供の手の届くところに放置しないように。

もちろん親も人間ですから、ついうっかり、もあります。

普段はちゃんとしまっていたのに、ちょっと置いてた時に限って子供が手にして遊んでしまい・・・

ということもあると思います。

それは悲しい事故です。

しかし、そこで道具が悪い、道具を作った会社が悪い、だけしか聞こえてこない今の世の中って、

怖くないですか?

誰も、自分で責任を取ること考えてないって見えてしまうんです。

親が自分の子供の安全に対して責任持ってないように思えるんです。

以前、私の親が好きで見ていたNHKのドラマで“蔵”という作品がありました。

映画化もされましたし、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。

この中で、年頃の主人公の弟(後妻さんが生んだ、まだ小さい子)が、子守が目を離したすきに庭で大怪我をして短い命を終えてしまうシーンがありました。

母親は子守をしていた奉公人を攻めたてましたが、父親はそんな母親を張り倒します。

「子供の責任は全部親にある!」

と怒鳴りつけながら。

ドラマとはいえ、重たい言葉でした。

事故なんだから、親に責任はないでしょうよ、と思いながらも身のひきしまる思いで観たシーンです。

事件なら犯人がいますし、事故も親が四六時中見てるわけでもないので、親の責任は100%ではないと思うんです。

しかし、親の注意力で防げたなら?

ライターだけでなく、遊具にしても、私の世代は首を捻っていました。

友達とも

「私達の時にもあの型のブランコあったよね。 

 軽く乗ってる時に『これだと、危ないな。 どうしよう? あ、こうやって乗れば大丈夫!』って

 友達(子供)同士で考えて遊んでいたから、大怪我なんてしなかった。 

 今の子供は想像力がないのか? 親もそれを伸ばそうとしないの?」

と、話し合ったのを思い出します。

私はたまに、考えようと思わなくてもふと、自分の子供が事故にあうようなシーンを想像してしまい、

その都度ビクッとしてしまいます。

子供には、「これは触っちゃダメ」「危ないというところに行っちゃダメ」と注意しますがその時には、

その理由も私なりに話して、子供が理解できるよう努めているつもりです。

事故がおこった、すべて道具が悪い、という考え方が問題なのかと。

どんな便利な道具も、使い方によっては凶器になります。

使う私達の問題ですから、使い方も危険性もちゃんと教えて、保管にも気をつけなくては。


(毎回のことですが、なんだか言葉が足りません。
 もしかしたら、今後、気が付いた時に、足していくかもしれませんが、気になさらないでくださいね。)

1998年11月に制作されたACのCMを探してきました。

公共広告機構CM 「WATCH OUR CHILDREN」編 だそうです。

こんにちは、泉水(いずみ)です(・ω・)/


先日、ある事件で逮捕されていた男性お二人が冤罪ということで釈放(でしたっけ?)されましたね。

他にも冤罪ということで、何十年ぶりに社会復帰した方がニュースで取り上げられてきました。

国、責任を持ってこの方々のサポートをしなくてはならないでしょう。

警察は、まずとにかく心から謝罪。

それと、真犯人を見つけること!

・・・時効になった事件は捜査自体やってはいけないのかな?

次から次に事件起こるし・・・(´д`)ハァ~


以前、なにかの事件で冤罪ではないかということが報道でも取り上げられていましたが、
ご遺族の方が、

   「そんなことはない! 絶対こいつが犯人だ!」

と強くおっしゃっていると。

その時の私の思ったことを、ある先輩に話したんです。

   「家族を殺されたんだから、犯人が憎いんのは人として当たり前の感情ですよね。

    でも、逮捕されたのが実は違っていて、真犯人は別の場所でのうのうと生きているとしたら、

    もう一度、調べ直して、本当の犯人を捕まえてほしいと思うもんじゃないんですかね。

    現在の科学捜査は、当時より進んでいるはずだし。」

と。

先輩は

   「確かにそうだけど、ご遺族の方が高齢になったんじゃないかな。

    犯人が捕まった時に、ある意味では一区切りついたわけでしょう。

    今になって『違うかもしれないので、再捜査します』なんてことになったら、

    精神的にも体力が持たないと思うんだ。

    再捜査したとしても、時効があるから真犯人が見つからない可能性が高いよ。

    それは、遺族として辛いなんてもんじゃないだろうから。」

と、持論を話してくれました。

確かにそれもあるなと思ったものの・・・

当時の警察って、随分大雑把だったのかな? 事実より、自分の気持ちで犯人を決めつけてた?

“警察のメンツ”のために焦ったのかな?

冤罪事件って、犯人扱いされた人はその間、辛かっただろうし、

ご遺族も逮捕されたからとはいえ心が晴れるわけでもなかったのに、再度暗闇に落とされるようなものでしょう。

他にも冤罪事件があるんじゃないかと思ってしまう。

先の先輩のご意見からしたら酷かもしれませんが、時効後でも、洗い直してくれる組織があればなぁとも思ってしまいます。

一番大事なのは、誤認逮捕や冤罪のないこと、その事で警察は事実を隠蔽しないことでしょうか。

信じたいんです、警察を。

信じられる警察になってほしいんです。

真面目に、正義感の強い警察関係者が更に増えることを期待します。

そして、簡単に人の命を奪うような事件が無くなることを期待します。