このところ、東京を離れたくなる。ほかでもない、言葉がそう思わせるのだ。たとえば、店で支払いをはじめるとき「これで、よろしかったですか」と能面の顔で、まつ毛を開く。「心が折れるよ」とも聞こえてくる。昔、むかしは、心は折れなかったのだ。この状態は、言葉の変化にすぎないと、専門家の解説を読んでいるのに、耳にとどくたびに、つっかかる。「心は壊れる」と言い直し、心が折れる状態を、具体的に教えてくださいと、いじわるなセリフを浮かべている。

田舎の人たちは、へんてこりんな言葉を競って使うことはない。世代によって、聞くたびに抵抗する言葉を使うまえに、気を遣う。地元の共通語を交し合う。生活用語となっているものを。生まれた時から使ってきた、自分の言葉を身に着けている。