2026年1月

 いず坊は仙台市の成人式に

 出席しました。

 名古屋の大学生、

 実家は横浜なのに〜😂


​伊達政宗公の登場か?


中学校の同窓会もあって

とても楽しかったそうです。


⛄️⛄️⛄️

雪男なので、また雪を降らせてしまいました。

東北の皆さん大変ご迷惑をおかけしました❄️


大学生のいず坊は、いつも長い春休みに

東北の街をひとりで旅行しています。



いず坊は6歳の時、2011年の6月、

親の転勤で宮城県に来ました。

東日本大震災の3ヶ月後でした。


いず坊の入る予定だった幼稚園は

津波に流されていました。

翌年入学した小学校も、体育館が

しばらく避難所として使われていて

いず坊が屈託なく笑って言っていました。

「僕の小学校は立派な避難所なんだよ。」

毎朝、復興支援で北に向かう

陸上自衛隊のトラックに手を振り

余震が起こると子供たちは素早く机の下に

身を寄せ合って親の迎えを待ちました。


そんな状況の中で成長して行ったいず坊は

小学校3年生でまた横浜に戻れたものの

ずっと宮城県に帰りたがっていました。

彼の希望に押される形で小学校卒業後

仙台に引越し、中学校、高校の6年間

を仙台で過ごしました。


彼は今、大学で建築の勉強を

しています。ビルや街を作り

古い建物を再生したり、

これから何をするのかを

ずっと考えているそうです。

そして長年育った東北を頻繁に訪ね

静かに被災地を巡っています。


東日本大震災から15年。

亡くなられた方々の

ご冥福を心からお祈りします。


あの時、ただ怯えるだけで守られていた

子供たちが20歳を迎えました。

親たちが計り知れない生活や想いが

あったと思います。


彼らは降り積もる雪のように

誰も気が付かないうちに

ゆっくりゆっくりと想いを巡らせて

気がつくと一面の銀世界に

これからどのような世界を築くのか

見守り支えて行きたいと思います。


私たちは決して忘れない。

​仙台市クリスロード商店街のHPから


2011年の仙台市クリスロード商店街

に掲げられた言葉が忘れられません。

そして、復興はまだまだ続きます。