いずみの日記なのに昔飼ってた猫のことを書きます。
やっと最近話せるようになった。
そんな感じです。
いずみママは18年前猫を飼い始めました。
黒猫の黒ちゃん。
シャムネコの雑種です。
お母さん猫は血統書つきのシャムネコで一晩お家から逃げ出したら
妊娠していたそうです。
飼い主は妊娠に気がつかず、かなりお腹が大きくなってから気がつき中絶も出来ず
黒ちゃんと兄弟達は生まれました。
困った飼い主さんは地域の新聞にシャムネコの雑種をもらってくださいと載せ、
残っていた尻尾の短い黒猫が黒ちゃんでした。
来たばかりのときはママが恋しくて一晩中泣いていて
毎日徹夜で大変でした。
ほどなく、ママと認められ、家の中ではママの後ばかり付いて歩き、
やむなくお出かけするときは玄関で
「にゃ!!!!にゃー!!!(行かないで!!!!)」
と、足の周りにまとわりつき足止めをしていました。
実家の猫が猫エイズで死んでしまい、動物のお医者さんから
「猫エイズは外猫みんなかかる可能性があるから、外には出してはいけない」
といわれたので、一歩も外には出しませんでした。
あの、実家猫の壮絶な死を見てしまうと、もう外には出せませんでした。
なので、買い物に行くと、必ずおもちゃを買ってやり、
ご飯もいろんなものを買ってあきさせないようにして、
いっぱいおもちゃで遊びました。
お昼も自宅に帰り黒と一緒に食べました。
そんな楽しい日々が9年つづきました。
そんなある日。突然ゼイゼイ言って倒れました。
びっくりした私は黒を抱いて病院へ。
なんと、ご飯を誤飲して、肺に入れてしまい、
肺炎を起こしていたのです。
猫草を食べて吐く際に入ってしまったらしく、
猫草がはっきり写っていました。
そう、つい最近、これが良いと、ペットショップで買って見た
当時新製品の猫草でした。
黒はあっという間に亡くなってしまいました。
(私が買った猫草のせいだ。 あの猫草さえなければ黒は死なずにすんだんだ。)
その言葉がグルグルと、頭を駆け巡り、もうどうにもなりません。
三日三晩黒のなきがらを抱いてなき続けました。
(ああ、こんなにつらいなら、いっそ死にたい。死んで黒に侘びを言いに行きたい)
当時、心無い言葉にも傷つけられボロボロで何度も何度もそう思いました。
黒は外に出たかったのではないだろうか。
私が社員旅行に行くときに鳴きまくり、返ってくるまでベットのしたから出てこなかったと、
母親は言っていた。
間違えて外に出てしまったときは、高い木に登りすぎて降りられなくなり、
私が脚立で3階ぐらいの高さまで上り助けたっけ。
ああ、どうして、もっと遊んであげなかったのかな。
お休みにお友達と遊びに行くときも鳴いて玄関で粘ってたっけ。
ああ・・・・・・・・・
重度ののペットロスになり、もう動けませんでした。
結局家族の手配したペット専用の火葬場に強制的に連れて行かれ、
黒は灰になりました。
灰をすべて骨壷に入れてもらい、お家でずっと眺めていました。
ずっと。
会社に行き、帰って来ても誰も迎えてくれません。
ただ、机に黒の骨壷があるだけ。
・・・・・・・・・・
私は生きていました。
あるものを作ってそれが心の支えになったからです。
これを持って歩けば黒が今まで一緒に行けなかったところもいつでもいけるね。
私は生きて黒をいろんなところに連れて行ってあげなきゃ。
そう思ったから。
6年たち、とうとうペットを飼いました。
それはMダックスでした。
どうして犬にしたか。
一緒にいろんなところに行きたかったからです。
猫はなかなかペット可のホテルがありませんでした。
犬は沢山あります。
だから、一緒にどこでも行けるように。
すいません、長々駄文。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
最後に、これが作ったものです。
黒の指の第二関節の骨です。
このペンダントを持って歩いて私は生きています。