GWももう終わりです。
伊豆も賑やかでした。
あっという間に新緑の眩しい季節となりました。
椎の木三本
「行ってらっしゃい父上」
母に手をひかれ、馬上の父を見送る兄一万は五つ。
弟箱王(はこおう)はまだわずかに三つ。
幼な子達の父河津三郎祐泰(かわづさぶろうすけやす)
は伊東の館の主、伊東入道祐親(いとうにゅうどう
すけちか)の長男でした。
祐親は伊豆に流されている源頼朝を慰めようと思い、
奥野の狩場で大巻狩を催すことを企て、祐泰はその
案内役を仰せつかったのです。
大巻狩は七日間も続き、夜は野外で大酒盛り。
酒の肴はしとめた獲物の丸焼き。
奥野の狩の最後を飾ったのは相撲大会で、祐泰は、
怪力ぶりを鼻にかける俣野五郎(またのごろう)を、
見事に打ち負かしました。
おもしろくないのは俣野五郎です。祐泰に向かって
いろいろ難癖をつけました。
土俵を取り囲んでいた者達も二派に分かれ、今にも血の
雨が降るかに見えました。
巻狩の主客である頼朝は、その場をうまく納めました。
この騒ぎがあっけなく静まって悔しがったのは、
八幡三郎(やわたのさぶろう)と大見小藤太(おおみこと
うた)でした。
二人は、工藤祐経(くどうすけつね)から、祐親との
領地争いの秘密を打ち明けられた上、祐親父子を殺したら、
領地を分けてやると言われていたのです。
(勢子達に交じって七日間。空しく時が過ぎ、今やっと
好機が巡って来たというのに)
三郎と小藤太は、いち早くその場を抜け出しました。
最後の狙いは帰り道です。
七日間にわたった大巻狩もめでたく終わりました。
「頼朝どのも、いたく満足のご様子でおたちになられた」
祐親もすこぶる上機嫌で、馬上の人となりました。
先に行く祐泰が、赤沢山のふもと、八幡山の切り通しにさし
かかった時でした。
唸り鋭く飛んで来た弓矢が、馬の鞍の上をかすめ、祐泰の腹に
突き刺さりました。
気丈な祐泰は、弓に矢をつがえ、切り通しのかなたをにらみ
つけました。
でも、傷は思ったより深く、真っ逆さまに落ちてしまいました。
「やっ、くせ者じゃ」
祐親は、叫ぶなり祐泰に近寄ると、すぐさま馬からおり、
倒れている祐泰を抱えあげ、自分の膝に頭を載せました。
「これ、祐泰、しっかりせい。敵はいったい誰じゃ」
祐泰は、苦しそうに口を開き、懸命に答えました。
「椎の木三本。その間から覗いていた顔。まず八幡三郎。
それに大見小藤太。きっと、工藤めに言いつかって・・・」
祐泰は、やっとそこまで言うと、息が絶えました。
館に戻された父の亡がらの前で、一万も箱王も、じっと
立ち尽くすだけでした。
時は慌ただしく過ぎ、成人した二人は曽我十郎、五郎と
名を改めます。
そして富士の裾野で父の恨みを晴らします。
(山本 悟氏)