あけ☆おめ
こないだ嵐の福岡初日行ったんすわ
飛行機に乗って、わざわざ福岡まで
席は隅っこだ端っこだ見切れ席だと聞いていたので、ほんだったらまあモニターと双眼鏡駆使して網膜に焼き付けたろと思っていたら
見切れてない
どころかお手ふりルート超ちけえ
自分とこにはじいまごがいっぱい来まして
智っさんのファンサの量すげえなあと思いながら、私も手を振りました
そらあ目の前に居たら振っちゃうでしょ
超かわいかったじいまご
アンコールであとの3人も目の前に来てくれました
超かわいかった嵐
次はいつ見れるのかな~と思いながら手を振りました
今年ツアーやるのかねえ
ここから下はすべて蛇足です
福岡から東京の自宅まで戻るまでに掛かった時間が、丁度コンサートの1公演分と同じくらいの時間でした
オーラスが始まると同時くらいに飛行機が福岡空港を飛び立ったので
それはそれは後ろ髪を引かれる思いでしたけど
福岡~東京間の移動の間、その前の日はコンサート行ってはしゃいでいたのに、今日はもう帰らなければいけない
その何とも言えぬ寂しさは、別に遠征であろうと無かろうと、コンサート特有のものなのかもしれんね
まさに「夢の空間」にいたわけなんだから、そこから無理くり現実に引き戻されたら堪ったもんじゃないわ
だからこそ次のコンサートも行こうと思っちゃう 一種の中毒みたいなものだよね
それに生かされている人もいるのだろうと思ったら、凄まじいなとかね、すげえなと思うけどね
それが嵐が背負っているもの、或いは背負わされているものなのだろうか
随分と重くなっただろうね それを我々が助けてやることはもう出来なくなってしまった様な気がするけれども
そんな重くなったものを自分たちだけで背負い続けて、道端の石につまづいて転ぶことが無ければいいけどね
けれどもやはりツアーのスパンが長いこと空いてしまうのは頂けないな
それは彼らのスケジュール上、致し方ないことなのではあるけれども
間が空くと、回を積み重ねて内容をより濃密なものにした筈なのに、それが希薄になってしまう様な気がする
特にドームツアーなんかは回数が少ない割にスパンが空いてしまうから、空気を作り出すという事はかなり苦労してしまうんじゃないかなと思う
そこいらにジレンマを抱えて、何か無理をしてしまうようなことがあったら、それは可哀想だなあとか感じてしまう
コンサートツアーはぶっ通しでやらしてあげて欲しいなあ、というのは彼らの事を思ってのことであるし、ファンである自分のことも含めてのことである
難しいんだろうな 今は 何とも言えんね 何とも言ってやった感はあるけど
何であろうと、お終いは悲しいし、寂しいものだ
そう思えるものを作り出してくれる嵐(まあそれだけじゃないけど、ここでは嵐)には、まだまだ付いて行きたい
まだ、何か彼らがやって、それが終わるたびに「悲しいなあ、寂しいなあ」と思っていたい
うーん 何と言っていいか難しいところではあるけれど
まったく話は変わるけれども、この前にツイッターで
「彼らを見に行くにあたって「口パク見に行って何が楽しいか」みたいなことをよく聞くけど、正直言えば特に歌を聞きに行っているわけではない そのアイドルを見に行くということが重大な意味を持つのよ 同じ空間を共有することで自我を満たすのだよ」
って自分で言ったんだけど、これは自分のアイドル論に当てはめてみた結果こう言ったわけだ
アイドルってのは詰まるところ虚像だろっていう考えが自分の中にあってね…?
ファン=偶像崇拝っていう図式は、あながち間違っていないっちゅうか、これは真理だろと思っているのよ私はね
うーん 、そりゃ歌も聞きに行ってはいるっちゃいるけど、そこまでメインとして考えてはいないっていう言い方が正しいのかもしれん
歌にアイドルのアイデンティティを見出すのは、これはお門違いでしょ
そこに、まだ自分が崇拝する対象がきちんと在るかどうかの確認をしに行く、て言うのかねえ
それが「そのアイドルを見に行くということが重大な意味を持つ、空間の共有で自我を満たす」という自分の発言に繋がった、のかなあ?数日前の自分に尋ねたい
で、崇拝するに値するか、みたいなものを決めるのがコンサートだとすると、それがコンサートの存在理由になってくるよなあと
最近、嵐ファンを辞める理由として、「座席が良いとこ取れない」とか「やってほしい曲をやってくれない」だとかがあるらしいけど(あくまで噂)、それも正しい理由なんだろうなあと思う
「参加できるだけでありがたい!」という現在の状況は、こういう自分の考えに照らし合わせてみると、やっぱちょっとおかしいんじゃなかろうかと思っちゃう
んじゃそれをどうやって解消するかというと、やっぱり公演数を増やすしかない
そのためには、コンサートツアーというものをメインに据えたスケジュール作りをしなくてはいけない
そうすると、どこかしらで仕事量を減らすみたいな調整が必要になってくる
国民的アイドルと化した嵐の今の状況では、そういった仕事量を減らすなんてことは考えられないので、泣く泣くコンサートの方を削る→ファンと本人のフラストレーションが溜まる、一部のファンは離れていく
なんとも言えん状況だよなあ 誰が悪いって訳でもないし 時代が今はそうしたいってだけのことだろう
ま、何が言いたいんだかよく分からなくなってしまったけれども、偉そうな自分のアイドル論ものたまってしまったけれども
今のところ私の崇拝対象の中に嵐はきちんと居るし、まだ暫くは居続けるだろうということは確かである
「悲しい、寂しい」と思うためにまだまだ崇拝したい、付いて行きたい
そう思わせてくれるような何かを、期待せざるを得ないんだよなあ
まだ牙は抜かれてないだろ