その日、少年は朝からある確信にとらわれていた…




彼は中学二年生、そして今は三学期…
そう、今日はバレンタイン…
1974年のバレンタインは彼にとって特別な日になるはず…
なにしろ、生まれて初めて「彼女!」と呼べるであろう存在の人がいる…
ちょっと回りくどい言い方なのは、「告白」は、したわけでも、された訳でもない…
ただ、朝は申し合わせた様に同じ時間に登校する…
彼の事を待っている彼女は道の反対側を2~3m遅れて歩く…
登校する同級生もたくさんいる中、さすがに並んでは歩けない…



しかし、下校時は薄暗くなった通学路の公園を二人で帰った…
彼女の友人からは
「みっちゃん、ほんとに好きなんだよ~」
とは、聞かされているが…
おとなしく、内気な彼女からは「愛⁈」の告白は今だに無い…




その日も朝は申し合わせた様に登校したが…
学校が近づき登校する生徒も増えて、いつものように、校門をくぐってしまった…
下校時、彼は部活動でみだれた髪の毛を水道水で撫でつけ…
何時も落ち合う鳥居へ急いだ…
彼女は…そこに…居た…
「ごめん!」
彼の言葉が終るのも待たずに…
「あの、これ!」
赤い、小さな包みを手渡された…
「ああ!ありがと…」
なんだかいざとなると、そっけない返事をしてしまった事に自分自身戸惑っていると…
「あの、」
彼女がさきに口をひらいて…
「あの、私…好き…!」
「でもね…私ね…転校する事に…」
天国が地獄を連れてやって来た…




聞けば…親の仕事の関係で遠くへ…
まあ、中学生の転校なんて九分九厘この理由だろう…
彼は、言葉を失い…
昨夜妄想していた、あんな事もこんな事も全て忘れてしまった…
ただ、彼女は泣いていた…
そっと手を…繋いだ…




彼女は三学期が終るのを待って引っ越すという…
それからのひと月、二人は今まで以上に一緒に過ごした…
そして二年の三学期が終る日…
「さようなら!」の言葉を残して…
彼女は彼の前から…いなくなった…
そして、彼の世界はすべての色を…
失った…




新学期が始まり、三年生になった彼を待っていたのは…
彼女のいない…通学路…
彼女のいない…教室…
彼女のいない…世界…




彼は考え、そして望んだ…
「あの日にかえりたい!」
せめて、あの終業式の日、二人の時間がまだ動いていた…
まだ世界に鮮やかな色があったあの日…
「あの日にかえりたい!」




少年は、そんな思いをかかえて…
少しだけ、大人になった…