三日坊主という言葉はどちらかと言うとあまりいい意味ではない、と思っていた。


続かない、飽き性、移り気…そんなニュアンス。

辞書での定義も、『物事に飽きやすく、何をしても長続きしないしないこと。またそのような人』と書いてある。(旺文社標準国語辞典より)


けれども、三日坊主にすらなれなかった事柄を何個か経験した四十路になってふと気がついた。

三日坊主にすらなれないこともあるのだから、三日坊主はむしろちょっとすごいのでは?と。


三日坊主になるためには2日は続けないといけない。2日続けないと三日坊主にすらなる権利がない。

そのときに、これだ!と思った。


三日坊主に私はなる!


まずは三日坊主。三日坊主になる権利がほしい。少し駄目なニュアンスだった三日坊主が燦然と輝く。


ランニングを始めて2日たち、今日こなせば晴れて三日坊主というその日。

私は晴れやかな気持ちで三日坊主になれる権利を受け取るために走り出した。


ああ、三日坊主。

ここでやめても三日坊主。

明日やめたら四日坊主。

もしやめてもまた三日坊主を目指したらいいのだ。

三日坊主を10ターン続けたらそれはもう30回。

少なくない数だ。日数にすると一ヶ月。なかなかだ。


この三日坊主を繰り返してもそれはそれでいい、三日坊主をまずは目指す、という低い低い目標はものすごく自分に合っていて

その気付きでポンとランニングがなんとなく続いていると言っても過言ではないと思う。


まずは三日坊主。

途切れても駄目じゃない。

三日坊主リターンズ、帰ってきた三日坊主、好きな名前をつけてリバイバルすればいい。


今はランニングの距離を調整して、毎日走るのではなく休息日を設けているが、1日休んでもそのままズルズルとやめてしまったりはせずになんとなく続いている。


続けないといけない、毎日しないといけない、そんな気構えでは絶対に私は続けられない。

どういうニュアンスで取り組めば取り組み続けられるかは人によってきっと違う。

もっと早く気づけばよかったな、と思う反面、今気づいてよかったなとも思う。