スポーツカー論争の闇について自分なりに考察してみた・中編
※この記事は「スポーツカー論争の闇について自分なりに考察してみた・前編」の続編です。まだ読んでいない方はあらかじめ前編から読み始めるようにお願いします。【各日本車メーカーで最もスポーツカーっぽい車、発表します】さて、以上の選定基準に基づいて私なりに各日本車メーカーで最もスポーツカーっぽい車の候補を絞り込んでみた結果、以下の画像の通りになりました。……まあこれでも個人的には相当頑張って車種を絞り込んだ方だとは思っていますが、逆に言えば偏屈な車好きから「そんな暇あるならさっさと免許取ってこいよw」と煽られても致し方ない選出でもあるのは正直私も自覚しています。しかしながら事前に自分なりのスポーツカー論を語るという旨を伝えてしまった以上は今更引き返す訳にもいきませんので、とりあえずこのまま発表本番に入りたいと思います(ぇそれではまずはいきなり最もスポーツカーっぽい日本車から発表します(マテブログ主が考える「最もスポーツカーっぽい日本車」、それは……。「マツダ・ロードスター」です!!!……まあこの時点で多くの車好きが「知ってた」みたいな反応をしたと思いますが、この車を最もスポーツカーっぽい日本車として挙げたのは初代から一貫してライトウェイトスポーツのお手本であり続け、しかもオープンカー市場を再活性化させた功績まで持っていることが一番の大きな理由です。その理由を詳しく説明すると、まずロードスターが初めて世に出る20年以上前に当たる60年代までのスポーツカーはその多くがオープンボディでしたが、70年代に入って保安基準や排ガス規制が強化されるとオープンカーは固定式の屋根を持つクーペに取って代われるように衰退していきました。特にその煽りを大きく受けたのがライトウェイトスポーツで、かつてFRレイアウトが主流だった大衆車の部品を上手く流用して作ることでお手軽にスポーツ走行を楽しめるのが売りだった彼等は、大衆車のFF化が進んだ80年代前半になると最早市場から消えたも同然の状態に陥ってしまいました。そんな状況の中でマツダは80年代当時の現代技術を以って「FR・2人乗り・オープンボディ」というライトウェイトスポーツの王道的なパッケージングを徹底再現しつつ、更に「人馬一体」の理念を具現化する為の拘りと割り切りを追求することで「ユーノス・ロードスター」の商品化に漕ぎ着けました。その結果このユーノスロードスターは国内外でマツダの予想を上回るレベルの大ヒットとなっただけに留まらず、それに刺激を受けた国内外の自動車メーカーが次々とオープンボディの中小型スポーツカーを世に出す程の大きな影響を与えました。もっともこの頃のマツダはバブル景気に浮かれた勢いで無理して5チャンネル体制を展開していたのもあって、先述のユーノスロードスターの大ヒットで得た利益を車種の水増しで食い潰したせいで、後に危うく会社そのものが潰れかけるという失態を犯すことになりますけどね……。まあそれはさておき、国内外で大きな反響を呼んだロードスターはその後NA型からNB型へのフルモデルチェンジを機に「マツダ・ロードスター」名義で販売され、それから約2年半後の2000年7月に「世界で最も多く生産された2人乗り小型オープンスポーツカー」としてギネスブックの認定を受けました。更に3代目のNC型では「マツダ・RX-8」と基本アーキテクチャを共用しつつ徹底的に軽量化して重量増を抑え、続く4代目のND型では「フィアット・124スパイダー」との協業に加えて特別仕様車を積極的に設定しながら今に至っている点から、当のマツダ自身もロードスターの存続に熱心であることが窺えます。要するにユーザー達の深い愛情とマツダの変わらぬ熱意があったからこそロードスターは誕生から35年近くに亘って愛され続けている訳で、そういった意味も含めて私自身はこの車を「最もスポーツカーっぽい日本車」と呼ぶに相応しいと評価しました。ちなみに先程触れたロードスターの他に私がマツダ車の中で最もスポーツカーっぽい車の候補として挙げたのが「RX-7」で、こちらも「孤高のロータリーピュアスポーツ」というこれまた強いキャラクター性を放っているので、正直言ってどっちにするか結構悩みました。しかしながら今回の企画では先述の「運転を楽しむのに適した走行特性」で有利となる車の一つに「あまり高出力過ぎないエンジンを積んでいる」という記述が含まれていた為、それを手掛かりに再考した上でロードスターの方を最もスポーツカーっぽいマツダ車として選出することに決めました。【ついでに他の日本車メーカーからも一番スポーツカーっぽい車を自分なりにそれぞれ選出してみた】さて、これでまずはマツダ車から1車種選出という訳で次は他の日本車メーカーからも一番スポーツカーっぽい車をそれぞれ選出……といきたいところですが、先に結論から言いますと実際のところ各日本車メーカーが考えるスポーツカー像は古典的なそれと一致していない場合の方が多いのです。まあその方法自体は大して難しいものではなく、具体的には先述のマツダであればRX-7やロードスターといった風に各メーカーを代表するスポーツモデルを挙げる分だけ挙げて、それらがスポーツカーの王道的なパッケージングとどれだけ一致しているのかを確かめればいい話ではあります。ただそっちの手を使うとどうしてもメーカーを代表するスポーツモデルの中にクーペタイプ以外の車種が紛れ込む事態を許せざるを得ませんので、その分スポーツカーっぽい車の評価基準も各メーカーの考えに忖度した、言わば極めて公平性に欠ける代物になりやすくなってしまいます。勿論それでは全く話になりませんから、今回の企画ではスポーツカーっぽい車の候補をあらかじめ「独立した車名を冠するクーペタイプの車種」のみに絞って評価基準の公平性を確保する一方で、各メーカーのスポーツカーに対する考え方についてはあくまでおまけ程度に触れておくことにしました。それでは改めてマツダ以外の日本車メーカーから最もスポーツカーっぽい車を自分なりに選出していきます。まずは候補車種が多く存在するトヨタ・日産・ホンダの3社から。ブログ主が考える「トヨタ・日産・ホンダの3社がそれぞれ世に出した市販乗用車の中で最もスポーツカーっぽい車」、それは……。「トヨタ・86」、「日産・S15型シルビア」、「ホンダ・S660」の3車種となりました!!……まあこの時点で既に突っ込みどころ満載な気もしますが、それはともかくここからは私が先述の3車種を各メーカーで最もスポーツカーっぽい車として選出した理由の解説を順次行っていきます。【トヨタ車からの選出に関する解説】初めに私が86(≠AE86型カローラレビン/スプリンタートレノ、以下「AE86」と表記)を最もスポーツカーっぽいトヨタ車として選んだ一番の理由は、車に対する価値観の変化や安全・環境規制の強化が進んだ時代の中でスポーツカーを商売として持続できるやり方を追求した点にあると考えています。何しろ86の初代モデルであるZN6型が登場する前の年代、即ち2000年代のトヨタは採算性の問題を理由に「スープラ」や「セリカ」はおろか「MR2」の後継車である「MR-S」まで生産終了にしてしまう始末で、ぶっちゃけスポーツカー好きから「わかってない会社」の烙印を押されても文句言えない状態でした。しかも同社の高級車ブランドである「レクサス」を含めた場合でも「レクサス・SC(※日本名:トヨタ・ソアラ)」が2010年7月末をもって生産終了となった関係から、日本市場では先述のZN6型が発売するまで実に2年近くの間トヨタブランドのスポーツカーが新車で販売されないという事態に陥っていました。それが自らもレースに参戦する車好きで知られる豊田章男さんの社長就任を機に「GR」ブランドの立ち上げを始めとするスポーツカー振興を積極的に行い続けた結果、今や最もスポーツカー作りに熱心な日本車メーカーへと変貌したのは本当に凄いとしか言い様がありません。もっとも既に触れたようにそもそもスポーツカーの市販化には経営的な余裕が何よりも必要であるという事実を考慮すると、日本の自動車市場で長年1位の座を死守しているのは勿論、世界でもトップクラスのシェアを誇るトヨタにスポーツカーを出しまくる程の体力があるのは当然のことだと言えます。そんな昨今のトヨタを象徴する車の一台である86はスバルとの協業によって比較的廉価でFRならではの直感的な走りを体感出来る車として生まれましたが、それもそのはずでこの車の名前とコンセプトはチューニングのしやすさから息の長い人気を誇るAE86からインスパイアを受けています。更に86をより多くの人々に楽しんでもらう為にまずは新車販売時のメインターゲットをかつてAE86に乗車或いは憧れていた中年男性と設定し、そして86が中古車として多く出回るようになった時に若年顧客層となるであろう彼等の子供達がスポーツカーに憧れるようなスタイリングを目指しました。それだけでなくトヨタは従来のスポーツカー文化の課題だった「作り手と使い手の間に生じていた溝」を埋める為に、「86スポーツカーカルチャー構想」を通して86を買った乗り手の楽しみ方を自社が積極的にサポートすることで共にスポーツカー文化を盛り上げようと取り組みました。それらのおかげかZN6型は世界累計販売台数20万台以上とスポーツカーにしては大健闘と言える程の大ヒットを記録した他、後述する兄弟車のBRZと共に車遊びの文化の再活性化にも大きく貢献し、そして2021年にはZN8型へのフルモデルチェンジを機にGRのグローバルモデルの仲間入りを果たしました。早い話が86はスポーツカー自体があらゆる逆風に晒される時代の中で車のコンセプトとマーケティングの相乗効果が功を奏した稀有なスポーツモデルだと言える訳で、そういった面も含めて私自身はこの車を最もスポーツカーっぽいトヨタ車として高く評価しました。ちなみに86の車名の由来にもなったAE86はしげの秀一さん作の漫画「頭文字D」の主人公・藤原拓海さんの愛車ということでも人気を博しましたが、ZN6型も先述のしげのさんが2017年に連載を始めた漫画「MFゴースト」で作中の主人公にして拓海さんの弟子である片桐夏向さんが乗る車として登場しています。まあ裏を返せば86とBRZが誕生した要因の一つに頭文字D人気が絡んでいるとも言えますが、如何せんこの漫画自体が公道上での違法行為を題材とした作品なので、その影響を受けて犯罪に手を染める輩が続出したり、本作で活躍した車種の中古車価格が高騰するといった悪影響を齎したのもまた事実です。ただそれを差し引いてもやはり時代が生んだ偶然の産物であるAE86、初めからメーカーが意図して直感的な走りを楽しむ車として作られた86/BRZのどちらもスポーティな走りを楽しめる軽量FRクーペとして多くの車好きから愛されているのは間違いないと言えるでしょう。【日産車からの選出に関する解説】続いて日産車からの選出についてですが、実は当初は「GT-R」と並んで日産を代表するフラグシップモデルにして2年の中断を挟みながらも実に半世紀以上の歴史を誇るFRクーペでもある「フェアレディZ」を最もスポーツカーっぽい日産車として選出する予定でした。ところがその前に候補車のラインナップを改めて確認してみた結果、「第三世代でようやく既存車種からの独立を果たした高出力車」か、「代を重ねるにつれて高級GT路線へと走っていったFRクーペ」か、「車格が中小程度のスペシャリティカー」のいずれかしか選択肢が無いことが発覚してしまいました。しかも困ったことに日産は2002年の「S15型シルビア」生産終了を最後に小型かつ軽量なクーペの新車販売を行っておらず、そのシルビアも実際のところ「初代は高級クーペ、2代目以降はスペシャリティカーだったけどいつの間にか走り屋御用達と化していた」という何とも微妙な立ち位置にあります。つまり日産の場合だと一応スポーツカーらしいパッケージングを持つ車自体はあるものの、その肝心の該当車種がどいつもこいつもスポーツカーの典型から微妙に外れている為、ぶっちゃけどれを選んでも必ず文句を言う人が出ることを承知した上で選出せざるを得ないのです。もっとも「スポーツカーの典型から外れている車が多い」という問題点に関しては他の日本車メーカーも概ね似たようなところがありますが、少なくとも個人的には近年の日産はGT-RとフェアレディZ以外のクーペモデルの扱いがあまりにも雑過ぎるように思いました。その最たる例が「初代リーフ(ZE0型)」のCMで「S13型シルビア」の兄弟車である「180SX」が当て馬として引き合いに出された件で、こういった過去車種への敬意に欠けているようにも捉えかねない描写が放送当時このCMを見ていたであろう車好きの間で物議を醸したのは想像に難くありません。【問題のCM「初代リーフ(ZE0型)vs180SX」】ただ日産からすれば本来スペシャリティカーとして出したはずの車が小型かつ軽量なFR車目当てで買った走り屋達によって散々な目に遭わされたようなものですから、そんな不届きな行為をした彼等への報復手段として考えると先述の初代リーフのCMにおける180SXの扱いはむしろ妥当だという見方も出来ます。そんな「やっちゃえ日産」どころでは済まされない騒動が関係しているのかどうかは知りませんが、ともかくシルビアはその根強い人気とは裏腹に絶版から20年以上経った今もなお「幾度となく復活の噂は出ても結局市販化までには至らず」な状態から脱却出来ていないのが現状です。……まあこう書くと私がそれでもあえてS15型シルビアを最もスポーツカーっぽい日産車として選出した理由が気になる人もいるでしょうが、端的に言うとアレは車種単位では無く世代単位で考えながら厳しい制約の中で何とかスポーツカーの典型に最も近いモデルを自分なりに探そうとした結果に過ぎません。そもそも先述の候補車一覧の最確認作業が芳しくない結果で終わったのは私自身が昭和の日本車を意図的に候補から外した点が最も大きく、正直それさえなければフェアレディZの初代モデルであるS30型辺りが最もスポーツカーっぽい日産車として選ばれた可能性は高かっただろうと個人的には思っています。何しろS30型は比較的廉価でありながら欧州製の高級GTに匹敵するスペックと魅力あるスタイリングを兼ね備えるスポーツカーとして北米を中心に空前の大ヒットを記録したのですから、改めて振り返るとその車を候補から外してしまったこと自体がかなりの痛手だったと言わざるを得ませんでした。なので苦肉の策として先述のS30型のような比較的廉価なFRクーペの中から最もスポーツカーっぽい奴を選ぼうと思って考えた結果、登場時期や車の作りからして最早デートカーだった頃の面影など殆どなかったであろうS15型シルビアで渋々妥協することにしました。【※補足】恐らくこの辺りに関してはフェアレディZが最もスポーツカーっぽい日産車として選出しなかったことに納得いかない車好きも数多くいると思うので、一応私がそのような判断を下した理由を他者垢のポストから引用する形で付け加えておきます。 あとスポーツカーは2ドアどころかロードスタータイプのオープンってのも元々はあった フィクスドヘッドクーペもスポーツカーと言うようになるのは英語wikipediaによればわりと新しく70年代頃から でもそうだとすると、あれ?Zは? とはなる— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 つまりはこれらのスポーツカー概念はヨーロッパのもの アメリカは異なる アメリカのスポーツカー概念は元よりガバガバ ヨーロッパ人からするとこんなのスポーツカーじゃねえっていうのもスポーツカーとなる— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 逆にヨーロッパ人からするとアメ車にスポーツカーはない 強いて言えばコルベットのみスポーツカー— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 というわけでフェアレディはスポーツカーだったかもしれないけどもZはたぶん当時のアメリカ人にとってはスポーツカーでもヨーロッパ人からするとスポーツカーではない たぶん— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 あらためて考えてみるとZはスペシャリティカーに近い 当時まだスペシャリティカーという概念はなかったけども— ちち (@titi_2ch) March 22, 2023 量産車ベースではなかったけども、240Z(以降も)は他のスポーツカーよりずっと快適で、誰にでも乗りやすく(ATもある)、ちょっとは実用性もあり、なにより安かった。 これスペシャリティカーの特徴だ。— ちち (@titi_2ch) March 22, 2023 で、日本の車概念はヨーロッパのものとアメリカのものと両方入ってる 一般にマニアはヨーロッパ的な車概念を持つけど一般人はアメリカ的な車意識 トヨタは明確にアメリカ車的— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 で、ヨーロッパの車概念、意識、車文化といえばいいのか それとアメリカの車文化の違いは これはおそらくヨーロッパが身分社会でありアメリカが大衆社会である違いに起因する— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 自分の車概念からすりゃGTRは当然スポーツカーではないのでそこ悩むとこじゃないけど— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 て、身分社会のヨーロッパでの車文化は車にも強く身分が反映するし、そしてスポーツカーはもちろん貴族の車 しかし大衆社会のアメリカではそうではなくなる— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 オタク(マニア)は本来的には大衆的ではない部分を持つからオタクの車に対する意識もアメリカよりもヨーロッパのほうに親和性が高いというか スポーツカーとはこうでなければならないみたいなのはヨーロッパ的— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 ヨーロッパではスポーツカーは貴族の車でだからいろいろこうでなければならないというお約束があるが 大衆社会のアメリカではかっこよくてガーって速ければそれでもうスポーツカー オートマでもスポーツカー Zはそういうスポーツカー— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 日本のスポーツカーの代表は今も昔もやはりZになるだろうけど、それはアメリカ的なスポーツカー ヨーロッパ的にはスポーツカーとは言い難い— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 Zからしてそうで、日本の車作りは基本的にアメリカ的で大衆的。 けどオタクはヨーロッパ的な車文化を好むのでそこで齟齬が生じる— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023 車に限らず大衆社会、大衆的になるとお約束は壊れてなんでもあり、差異がなくなってって文化的には面白くなくなる いや大衆文化は大衆文化でいいのだけど、貴族的な文化は壊れる— ちち (@titi_2ch) April 13, 2023【ホンダ車からの選出に関する解説】そしてホンダ車からの選出に関しては先程掲載した候補車一覧の画像を見れば大体解ると思いますが、とにかく他の日本車メーカーと比べてFF車の割合が突出して高いのが特徴的で、この点からホンダが走りの良いFF車を数多く世に出していたことが窺えます。また他にもホンダを象徴する存在の一つとしてほぼ競技車両同然な改造を既存車種に施した「タイプR」というスポーツグレードがあり、近年ではそれ自体がホンダ製スポーツモデルのフラグシップの役割を担っている関係から従来では二の次にされていた快適性も高めていく方向性へと大きく変化しています。そんなホンダにも後輪駆動レイアウトを採用したスポーツモデルは存在しており、先述の画像に掲載されている候補車で言えば「NSX」や「S2000」、「S660」、「ビート」の4車種がそれに該当し、そのうち後ろの3車種が一度もタイプRが設定されなかった車となっています。……とここまでの流れで察した人もいるでしょうが、要するにホンダの場合はレイアウトやセッティングの時点で既にスポーツカーの王道から外れている車種が多い為、逆にスポーツカーの王道に沿っている車種を探そうとすると必然的に最終候補が先述の4車種にまで絞られてしまうのです。その点を踏まえて最終選出を始めると、まずNSXは初代モデルであるNA1/2型の時点で既にスーパーカーの域に達しており、続くS2000も元々限界域の挙動がピーキーでとても万人向けとは言えないという理由から、個人的にはどちらも最もスポーツカーっぽいホンダ車と呼ぶには無理があるなと思いました。そうなると今度はS660とビートのどちらかを選ぶことになりますが、ぶっちゃけ軽規格の範囲内で本格的な走りを追求した前者も操る楽しさを味わう玩具的な趣がある後者も走りの方向性は違えどちゃんとスポーツカーらしく仕上がっているに変わりはないので、正直言って本当に最後の最後まで迷いました。そこで私はS660とビートの共通項である「ホンダ製軽オープンカー」に着目してその系譜を調べてみた結果、60年代前半当時のホンダが四輪車事業への進出を目指す為に軽トラックの「T360」と共に開発を進めていた軽オープンカーである「S360」にまで遡れることが判明しました。このS360にはDOHC機構を採用した360ccの直列4気筒という、当時の基準で考えれば間違いなくスポーツカー用を想定していたであろうエンジンが搭載されていましたが、運輸省がその車の販売を差し止めした関係でこのエンジンはT360に同型のものが搭載される程度に留まりました。もっともホンダ初の四輪スポーツモデル自体は後に排気量を増したエンジンを搭載した「S500/S600/S800」の市販化によって実現したものの、ホンダがS360のような軽オープンカーを世に出すには実に30年近くも後のビートまで待たなければなりませんでした。しかもそのビートも軽スポーツカーと呼んでも違和感が無い仕上がりだったにも関わらず、その件に難色を示していた運輸省の認可を取る目的で「ミッドシップ・アミューズメント」を名乗っていた点を踏まえると、ホンダは実に二度も運輸省から軽スポーツカーの市販化に横槍を入れられたことになります。しかし2010年代になると警察の取締強化や若者の車離れによって走り屋文化が衰退していったことが影響してか、ホンダが2015年に発売したS660には「ロールトップを入れただけで満杯になる収納スペース」を始めに先述のビートよりも実用性を度外視して走りに振ったと思われる設計が多く見受けられます。まあ裏を返せばホンダが60年代前半から時折行っていた軽スポーツカーの市販化はS660発売でまさに三度目の正直となったとも言える訳で、そういったある種の悲願達成の意味合いも込めて私はS660を最もスポーツカーっぽいホンダ車として選出することにしました。【ブログ主のスポーツカー論もいよいよ後半戦に突入!】さて、次は三菱自動車(※以下、「三菱自」と表記)・スバル・スズキ・ダイハツの4社からそれぞれ1車種ずつスポーツカーっぽい車を選出……といきたいところですが、先述の候補車一覧の画像を見れば解るようにこれら4社はそもそも先程選出が終わった4社と比べて選出の選択肢がかなり少ないです。その証拠を裏付けるように例えばスバルには「アルシオーネ」や「アルシオーネSVX」、「R1」、「BRZ」の4車種、スズキも「セルボ」や「カプチーノ」、「キャラ」、「ツイン」の4車種、ダイハツに至っては「リーザ」と「コペン」の2車種しか独立した車名を持つクーペタイプの車種が存在していません。それに加えてセルボは3代目のCG72V/CH72V型からクーペモデルではなくなってしまっており、キャラも実態としては「マツダ・オートザムAZ-1」のOEM車に過ぎず、ツインもどっちかと言えばシティコミューターの性格が強く、R1やリーザも形状的にはクーペ風の3ドアハッチバックに近いという有様です。そんな中で三菱自は「コルディア」や「スタリオン」、「エクリプス」、「GTO」、「FTO」の5車種と先述のスバルやスズキ、ダイハツと比べれば若干マシに思えますが、実際のところコイツの場合は車種構成云々以前の問題を抱えていますので、今はあえて三菱車からの選出に関する解説を後回しにします(ぇでは改めてスバル・スズキ・ダイハツの3社から最もスポーツカーっぽい車を自分なりに選出していきます。 ブログ主が考える「スバル・スズキ・ダイハツの3社がそれぞれ世に出した市販乗用車の中で最もスポーツカーっぽい車」、それは……。「スバル・BRZ」、「スズキ・カプチーノ」、「ダイハツ・コペン」の3車種となりました!……まあ厳密には3社とも選択肢があまりにも少な過ぎて先述の3車種を選出するしかなかったと言った方が正しいような気もしますが、それはともかくここからは私がその理由に関する解説を順次行っていきます。【スバル車からの選出に関する解説】まずはスバル車からの選出についてですが、先に結論から言うとこのメーカーのスポーツモデルを挙げようとするとどうしても後述する三菱自と共に「高出力ターボエンジンと4WDで武装したラリーベース車両」のイメージが付き纏ってしまうのが一番の困りものでした。何しろ三菱自もスバルも2000年代に両社撤退するまで長らくWRCでの活動を行っていましたから、両社が世に出したスポーツモデルの中でやたらと「ランサーエボリューション(※以下、『ランエボ』と表記)」や「インプレッサWRX(※以下、『インプWRX』と表記)」ばかりが話題になるのも無理は無い話です。そんなスバルにもクーペタイプの車種は少数ながら存在していますが、案の定その殆どがFF及びそれをベースとした4WDで後輪駆動レイアウトを採用しているクーペタイプの車種は今のところ同社で初の量産FR車となったBRZだけという状態になっています。早い話がスバルは長い間高出力の水平対向ターボエンジンと4WDを自社のアイデンティティとしてきたが故に、トヨタが86の企画を実現させる為にスバルの水平対向エンジンを用いることを思い付くに至るまでは、まさか自分達が速さを求めないFRスポーツカーを新たに造るなんて考えもしなかったのです。とは言え先述のBRZ自体は兄弟車の86とはデザインや足回りのセッティング等に若干の違いが見られるものの、小型軽量FRならではの直感的な走りを楽しめる点では共通している為、そういう意味では十分スポーツカーと呼ぶに値すると思って私はこの車を最もスポーツカーっぽいスバル車として選出しました。【スズキ車とダイハツ車からの各選出に関する解説】さて、先程済んだスバル車からの選出はまるで選挙の開票作業がまだ始まっていないのに早くも当選確実の候補者が出たような状態になりましたが、ぶっちゃけ言いますとこういった現象は続くスズキ車とダイハツ車からの各選出でも同じようなことが起きたので本当に困りました。何を隠そうスズキとダイハツが他社以上に得意としている軽自動車はほぼ日本市場向け専用で設計されている関係で売ってもあまり利益が出ませんし、ましてやクーペタイプの軽自動車なんてメーカーからすれば市場も購買層も限られる割に全然儲けにならない究極の金食い虫以外の何物でもありません。しかもスズキやダイハツがクーペタイプの車種に独立した車名を与えた例は2023年現在に至るまでほぼ軽自動車しか存在しておらず、かと言って思い切って両社のスポーツモデルを挙げようにも今度は「アルトワークス」や「ストーリアX4」等といったホットハッチばかりが目立つ始末です。そんな事情を踏まえた上でスズキやダイハツからスポーツカーっぽい車を選ぶとなると必然的にそれぞれカプチーノとコペンを選出するしかなくなってしまう訳ですが、それでもこの2車種にはどちらも積極的にスポーツカーっぽい車として選出するに値する理由があると個人的には思っています。まず私がカプチーノを選出したのは、軽規格ながら「軽量オープンボディ」や「フロントミッドシップFRターボ」、「ほぼ理想的な前後重量配分」、「4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンション」、「4輪ディスクブレーキ」等のスポーツカーらしい要素が多数盛り込まれていることが最大の理由です。その中でも特に特徴的なのが運転席側・助手席側・中央部の三分割式ルーフと格納式リアウィンドウで構成されたデタッチャブルトップで、これらの組み合わせによりクローズドやTバールーフ、タルガトップ、そしてフルオープンの4つの形態を楽しむことが出来ます。勿論走りの方も先程挙げたスポーツカーらしい要素のおかげで車体の軽さを生かした加速力やFRらしい自然な挙動を実現しており、また軽自動車にしては広めのエンジンルームを持っていることから、一部の愛好家によって他の市販車のエンジンに換装される事例も多く見られます。そんな軽自動車界隈のピュアスポーツカーとも言えるカプチーノですが、先述のビートの約半年後という発売時期が災いして当時の運輸省に忖度したのか、この車もスポーツカーの感じを匂わせ過ぎないようにする意味合いから「オープンマインド2シーター」を名乗っていました。まあこの件に関しては先程触れた「第二次交通戦争」と「運輸省のスポーツカーに対する認識」が悪かったとしか言いようがありませんが、裏を返せばそれだけカプチーノがスポーツカーとしての完成度の高さが際立つ軽自動車だったという見方も出来ます。対するコペンは駆動方式こそ初代のL880K型・2代目のLA400K型共にFFと平凡ですが、こちらも先述のカプチーノと同じく屋根の仕組みが特徴的な2人乗り軽オープンカーとなっていて、新規車種として登場した時から軽自動車では初となる電動格納式ルーフを採用したアクティブトップ仕様が用意されています。またL880K型には丸目を基調とした可愛らしいスタイリングとは裏腹に「上質なフィーリングとチューニングに耐える強度を併せ持つ直列4気筒ターボエンジン」や「熟練工の手作業による製造の最終調整」、「車体色の殆どがクリア2層の5層コート」等といったプレミアム感重視の仕上がりが施されています。続くLA400K型はエンジンこそ燃費重視の直列3気筒ターボとなってしまいましたが、その代わりに車両の骨格全体を切れ目無く繋いだ構造「D-Frame」と外装脱着機能「Dress-Formation」を採用することで、骨格だけで剛性を確保しつつ購入後でも乗り手の好きな時に外装部品を着脱出来るようになっています。以上の解説を踏まえて纏めると、コペンには概ね「気軽に走りを楽しむスペシャリティカー」という性格が与えられていることが窺えますが、その一文だけを見ると人によっては思わず「いや、そうは言ってもスペシャリティカーはスポーツカーとは別のジャンルだろ!」と突っ込みたくなるかもしれません。しかしながらそもそもL880K型が発売されたのは多くの国産スポーツカーが姿を消した時代に当たる2002年で、当時の日本市場で現行販売されていたスペシャリティカーに至っては精々先述のセリカとインテグラ程度しか存在しておらず、その2車種も2006年には生産を終了してしまいました。つまり2000年代は国産スポーツカー冬の時代であったのと同時にスペシャリティカーが日本の新車市場から実質上絶滅した時代でもあったのですが、そんな中でL880K型は2012年に生産終了するまでの10年間ずっと当時の現行軽自動車市場における唯一のオープンカーとして人気を博しました。そして約2年の空白期間を経て2014年に発売されたLA400K型は2023年現在もなお生産・販売を続けており、先述のAZ-1やビート、カプチーノ、S660がどれも一代限りで終わった点を考慮すると、いかにコペンがクーペタイプの軽自動車としては異例のロングセラーモデルとなっていることが解ります。まあ要するに私はコペンを「現行スペシャリティカーが実質上絶滅した後もほぼ継続して作り続けられているスペシャリティカー的なスポーツモデル」として高く評価していると言いたい訳で、そういう意味も含めてこの車を最もスポーツカーっぽいダイハツ車として選出しました。【2023年現在時点で唯一現行スポーツモデルが存在しないあの日本車メーカーにはスポーツカーの常識が全く通用しない説】さて、各日本車メーカー毎に最もスポーツカーっぽい車を選出する企画もいよいよ三菱自を残すのみとなりましたが、私があえて三菱車からの選出に関する話を最後に持ってきたのはそもそもメーカーの特徴からして古典的なスポーツカー像と噛み合わない要素が他社と比べて明らかに多過ぎるからです。と言うのも三菱自はスバルと並んで他社以上にラリーでの活躍が際立っている関係から、ランエボを筆頭に高出力ターボエンジンと4WDで武装した車種を多く輩出している他、古くから「AYC(=アクティブ・ヨー・コントロール)」を始めとするハイテク電子装備の開発・採用に積極的なメーカーでもあります。その一方で1990年に生産終了したスタリオンを最後に三菱自はスポーツカーの王道と言える駆動方式である後輪駆動を採用した自社製の普通車を新たに開発しておらず、それに加えて2016年にはランエボの生産・販売を終了したのを機にスポーツカー事業から完全に撤退して現在に至っています。また同社が作ったクーペタイプの車種に目を向けても文字通りのGTであるGTOを除くと全てスペシャリティカーで、独立した車名を持つものに至ってはエクリプス以外の全車種が一代限りで絶版になっており、そのエクリプスも一度絶版になった後クロスオーバーSUVという形で車名が復活している始末です。早い話が三菱自には運転の楽しさを重視したと言える車種が一台も見当たらない訳で、そういう意味ではスポーツカーの常識がまるで通用しないメーカーだとも言えますし、そんな中で最もスポーツカーっぽい三菱車を選出しようとすると必然的に「最も三菱らしくない車」を選ぶ作業と化してしまうのです。ということで以上の前置きを踏まえて最も三菱らしくない車……もとい最もスポーツカーっぽい三菱車を自分なりに考え出してみた結果……。「多分、FTOなんじゃないかな?」といった感じになりました。まあ欲を言えば先述の前置きを考慮して三菱自だけ「該当車無し」の判定を下したいところですが、それはともかく私が何故FTOを最もスポーツカーっぽい三菱車として選出したのかと言いますと、まず横置きエンジンのFF車なのにFRクーペにも負けないスタイリングを実現していることが一つ目の理由です。とは言ってもこのままでは今一つ理解しにくいと思うので先述の理由を具体的に説明すると、基本的に自動車の外観デザインは車体と重量物の各形状やパワートレインの配置の影響を大きく受けるので、当然ながら駆動方式別に車種を分類した場合でもそれぞれの外観デザインにある程度の傾向が見られます。例えば殆どのFR車は縦長に搭載されたエンジンの動力をプロペラシャフト経由で後輪に伝える構造となっている都合上、車高が低い車種であれば必然的にプレミアムレングス(※前輪車軸からドア前端までの距離)が長くなる為、その分全体的なフォルムも伸びやかなものになりやすいです。これがFF車だと主に全長を抑えて居住性を確保する理由からエンジンを前輪車軸より前かつ横長に搭載している場合が多いので、例え車高が低い車種であってもプレミアムレングスに対して車体前方のオーバーハングの長さが目立つ、言わばずんぐりむっくり感が漂うフォルムになりがちなところがあります。ではFTOの方はどうなのかと言いますと、実はフロントガラス前端の立ち上がり位置こそ一般的なFF車とそんなに変わりませんが、それをドア前端よりかなり前から立ち上げると同時にフロントガラス下端を大きく湾曲させることでプレミアムレングスを長めに確保しているのです。そこにボンネットまで伸びるフロントフェンダーの膨らみが加わった結果、流石にFRクーペの典型的なスタイリングである「ロングノーズ・ショートデッキ」とまではいかないものの、それでも横置きエンジンのFF車としては比較的ノーズが長めなおかげで全体的に伸びやかなフォルムに仕上がっています。その為かFTOは仮にも三菱のFFクーペであるにも関わらず、この車を知らない人が「JZA80型スープラ」や「RE雨宮仕様のFD3S型RX-7」、更には海外メーカーのスポーツカー等と見間違える事例が散見されることを踏まえると、少なくともFF車っぽくないスタイリングの実現には一応成功していると言えます。【※補足※】ちなみにFTOのスタイリング云々については以下の他者垢が投稿したポストに掲載されているブログのURLをクリックした先にある記事でも詳しく解説されているので、もし私の解説を読んでもピンとこなかった場合はそちらの方を読んで頂けるとより理解しやすくなるかと思います。 #愛車の横っ面嫌いな人いない FTOのサイドビューは とても巧妙な手法を駆使して デザインされています。 わたしなりに、ブログにまとめて みましたので、もしよかったら ご覧くださいませ。https://t.co/7eXNYiKRqv pic.twitter.com/8xWh4z8nzB— くすの とひろ(彫刻&絵本作家) (@KusunoTohiro) December 18, 2022……とここで「でもいくらFRクーペに負けないスタイリングとは言っても、肝心の走りがそれに見合っていなければわざわざ選出に値する程の価値はないのでは?」という疑問を抱く人がいるかもしれませんが、ところがどっこいFTOは走りにおいても当時の国産FFクーペとしては結構高い評価を得ていました。その訳を具体的に説明すると、まずFTOの搭載エンジンは直列4気筒1.8LとV型6気筒2.0Lの2種類に大別されますが、それに加えて後者には可変バルブ機構の一種であるMIVECを採用した高性能版が存在し、そちらの方を搭載しているグレードでは高回転まで回した時に官能的なサウンドを楽しむことが出来ます。また当時の国産車の中でも比較的高いボディ剛性と硬めの足回りセッティングによって、FF車ながら元レーサーの評論家である桂伸一さんから「ドリフト競技でFF車部門があれば一番」と絶賛される程高い旋回性能を実現しており、そういった理由から発売当初は国産FF車最速との呼び声も多くありました。そしてFTOのメカニズムにおいて最大の売りとなるのが日本車初のマニュアルモード付きATとして登場した「INVECS-Ⅱ」で、その変速速度はポルシェの「ティプトロニック」をも凌ぐと評された他、乗り手の癖を記憶させてミッションを効率よく稼働させる学習機能も備わっています。そんなINVECS-Ⅱ等のマニュアルモード付きATは今でこそ珍しくありませんが、FTOはこの変速機を全面的に推していく販売戦略を採っていた為、MT車の販売比率が高い車種が多くを占めていた当時のスペシャリティカーとしては珍しくMT車よりもAT車の方が多く売れた車種となっています。まあ要するに私は車自体の素性の良さからして「走りの楽しさに駆動方式も変速機も関係ない」という思いが込められているのもFTOを選出した理由の一つだと言いたい訳で、それを裏付けるようにこの車は発売年の日本カー・オブ・ザ・イヤー(※以下、「日本COTY」と表記)にも輝きました。さて、先程三菱車からの選出に関する解説で私は「AT中心で販売されたFF車なのにここまでスポーツカーらしく仕上げるなんて凄い!」と言わんばかりにFTOを持ち上げましたが、ぶっちゃけ冷静に考えてみるとやはり数ある国産スポーツモデルの中でもかなり不遇な扱いを受けていると言わざるを得ません。何を隠そうこのFTOは確かに車自体の素性は良いものの、その実態は「トレンドの変化とブランドイメージの凋落に振り回され、更に他社の怒りまで買って返り討ちに遭った挙句経営上の理由でリストラされた車」、即ち酷い言い方をすれば不覚にも「傾国の美女」みたいな末路を辿ったに過ぎないのです(コラまずそもそもFTO自体がバブル崩壊から実に約3年半も経った1994年10月に新規発売されたスペシャリティカーなんですが、そんな当時の市場情勢を考えると無謀にも思える計画を実現出来たのは90年代前半の三菱自にホンダから国内シェア3位を勝ち取るほどの勢いがあった点が背景にあります。その頃の三菱自がどれ位凄かったのかと言いますと、RVブームの恩恵を大いに受けた「パジェロ」や3ナンバー税制改正の波に乗って登場した「ディアマンテ」等がバカ売れしてウハウハだったどころか、信じ難いことに当時は「メインバンクが同じホンダをも買収するのでは?」という噂まで立ったほどです。つまり当時の三菱自はバブル景気が崩壊してもしばらくの間は日本車メーカーの中では比較的恵まれた経営状態を維持出来た訳で、そのおかげなのかFTOは先述のFF車っぽくないスタイリングや素性の良さも相まって発売から2年間で2万台を大きく超えるほどの売上を記録しました。しかし90年代後半に入ると流石にスペシャリティカーの衰退という時代の流れには抗えず、それに加えて他社に国産FF最速を誇る車がいる状況を良しとしなかったホンダがDC2/DB8型インテグラに「タイプR(※以下、『DC2/DB8型インテR』と表記)」を追加したこともあり、FTOの売上は減少の一途を辿りました。更にこの頃になると「ホンダ・オデッセイ」を始めとするミニバン勢が台頭した他、それまで三菱自の全盛期を支えていたRV人気の中心がパジェロ等のクロスカントリー車から「トヨタ・RAV4」等のクロスオーバーSUVへと移った影響により、三菱自の業績は国内外共に大きく悪化していきました。そして1997年の「総会屋利益供与事件」や2000年の「リコール隠し」等といった度重なる不祥事の発覚が追い打ちをかけた結果、ブランドイメージが地の底にまで落ちてしまった三菱自は「ダイムラー・クライスラー」との資本・業務提携を通しての経営再建を余儀無くされたのです。当然ながら会社がこのような事態になれば採算に合わない車種はバッサリと切り捨てられるのが世の常で、FTOも例に漏れず2000年の側面衝突安全基準を満たす為の改修やモデルチェンジなど受けられるはずもなく、兄貴分のGTO諸共整理の対象となった訳です。【生みの親の企業体質が社内で最もスポーツカーっぽい(?)車を不遇のスポーツモデルで終わらせたんじゃないか説】……とまあぶっちゃけ本来であればもっと評価されてもいい位には出来が良かったFTOなんですが、念の為に言っておくとこの車が不遇のスポーツモデルで終わってしまったのは、設計根本や売り方からして「ユーザーに寄り添わない姿勢」という生みの親の悪癖が見え透いていた点にあると私は考えています。何故ならそもそも三菱自は明治期の政商の流れを組む旧三菱財閥系企業の一社である「三菱重工業」から分離する形で設立したという成り立ちから、仮にも営利団体なのにお役所仕事を通して顧客対応を行う傾向が極めて強くてとても自動車メーカーとしての体を成しているとは言い難いところがあります。この「営利団体なのにお役所仕事」というある種の不器用さが曲者で、それ自体が先述の度重なる不祥事の発覚による三菱自のブランドイメージ低下を招いた根本的な要因に繋がっているのは勿論、マーケティングや車両設計の面で顕著に表れたと思われる事例をざっと挙げただけでも、・「フルラインターボ」を始めとする分不相応な横展開を乱発する・早々にミニバンを市場投入した癖にミニバンブームの波に乗り遅れてしまう・量産車初の直噴エンジンは拙速過ぎて想定通りの環境性能を発揮出来ず黒歴史化等々と、普通に考えたらおかしいと感じるであろう部分が多数散見されます。もっとも三菱車自体は総じて質実剛健に作られている傾向があるのも事実ですが、そういった自社車種の魅力を尊大かつ鷹揚な顧客対応で台無しにしてしまっては商売になりませんし、ましてや社風に合わないジャンルが存在している場合であればなるべくそちらには手を出さないようにした方が無難です。それに加えてスポーツカーは私が先程その選定基準に関する話でも触れたように「ただ走ることしか能がない」という市販乗用車らしからぬ特徴を持っているので、メーカーの売上に大きく貢献していく役割を担っている実用車と比べると良くも悪くも「真面目に不真面目」な性質が表に出やすいと言えます。早い話がスポーツカーには社会悪の烙印を押されるリスクを背負ってでも走りに遊び心を見出すことが何よりも求められる訳で、そんな代物を世に出すなら例え実用車を中心に取り扱っているメーカーであっても「真面目に不真面目」な姿勢で作り続ける覚悟を決めてから開発・販売を行うべきです。ところが三菱自の場合だとどうしても根っからのお役所体質、即ち「不真面目に真面目」を地で行く社風がスポーツカーの開発・販売の足枷になってしまう為、元々4WDターボとハイテク電子装備をお家芸としている点も考慮するとそもそもスポーツカーの王道から外れた車しか作れないと言わざるを得ません。その難点が顕著に表れた典型例がGTOで、この車はディアマンテのエンジンとシャーシをベースに様々なハイテク装備を施した結果、豪胆な走りとコストパフォーマンスの高さが魅力なのはいいですが、それと同時に「大きく重い車体」や「敏捷とは言い難い挙動」という致命的な弱点も抱えてしまっています。そんな大味な設計で作られた車として1990年に発売されたGTOは当時の国産スポーツカー界隈からすれば格好の餌食以外の何物でもなかった訳で、その影響は2001年11月に匿名掲示板の一つである「2ちゃんねる(※現:5ちゃんねる)」で「神のGTO」というコピペネタが生まれたことからも窺えます。ではGTOの弟分として生まれたFTOはどうなのかと言いますと、これまた「『4代目ミラージュ(CA型)』のシャーシをベースに『7代目ギャラン(E5型)』のV型6気筒2.0Lを主力搭載エンジンとする関係から足回りを硬めに設定した」という、先述の素性の良さに反して結構訳あり感が漂う車両設計となっています。もっと乱暴に言い換えればFTOはあくまで「GTOの弟分」という立ち位置ありきで作られた、言わば「有り合わせの材料で作ったら思いの外多くの来客から好評を得た賄い丼」みたいな車でしかなく、先述の「国産FF車最速」という呼び声もメーカー的には別に初めからそれを目指すつもりは無かったのです。とは言え曲がりなりにも「日本車初のマニュアルモード付きATを採用した日本COTY受賞車」だったこともあってか、発売当初の広告やカタログでは「この運動神経はただ者じゃない」、「今度はスポーツも変えたかった」等といった当時の三菱自の自信と期待の表れが窺える言葉が羅列されていました。しかしながら結果は既に述べた通りで、特にFF車ながら比較的手に届きやすい価格で競技車両宜しくエキサイティングな走りを体感出来るDC2/DB8型インテRの登場は、当時RV以外の領域でもシェアを伸ばす気満々だった三菱自からすれば期待の新人が突如余所者から謂れ無い報復を受けたようなものでした。何しろ当時のホンダは三菱自に国内シェア3位の座を奪われており、しかも自らがお家芸としているFFスポーツの方もどこの馬の骨かも分からない新参者が巷で何かと持て囃されている状態だったので、そんな奴を既存車種の新規スポーツグレードの実力を以ってわからせようと思ったのも無理はありません。まあ三菱自からすれば単に「かなり来てーる、感じてーる(byセクシーフレンド・シックスティーナイン/FLYING KIDS)」車を売りたかっただけでしょうが、ともかく彼等は「我が娘自慢のナイスボディをその娘本人が理想とする彼氏ではなく外部からの刺客が持っていく」ような事態を許してしまったのです。更にFTOの不運はこれだけでは終わらず、この車の現行販売期間はその大部分がWRCにおけるランエボの全盛期と被っていたせいか、それ以後の三菱自は暫くの間クーペ専用車種の販売を元々北米生産車であるエクリプス一本に絞る一方で、ランエボの進化には精一杯力を注ぐ方向へと進んでいきました。ちなみに誤解のないように付け加えると、FTOという車名自体は1970年代前半に販売されていた「ギャランクーペFTO」のそれを継承していますが、実はそっちとは「GTO(※ギャランクーペFTOの場合は『コルトギャランGTO』)の弟分に当たる軽快な小型スペシャリティクーペ」以外の共通点を持っていません。こういった若干複雑な出自が影響しているのか、海外にも「3000GT」名義で輸出されていたGTOや日本でも初代から3代目まで逆輸入販売されていたエクリプスとは違ってFTOは当初日本市場のみでの販売となっていましたが、2000年代以降は日本から並行輸出もされた関係で海外にも保有者が存在しています。つまり逆に言えばFTOはいくら素性が良くても結局のところ「半ばこじつけられた形で日本向けにGTOの弟分として市場投入された車」の範疇から出ていなかったが故に、生みの親から当初目論んでいた通りの人気が長続きしなかった事実を知らされると呆気無く見捨てられてしまった訳です。……おっと、気付けば三菱車からの選出に関する解説だけで話が随分と長くなりましたが、最後に一つだけ補足すると私が先程「本当は三菱自だけ特例で『該当車無し』の判定を下したかった」という旨を伝えたのは、「そもそも三菱自にはスポーツカー作りの才能が元から無いのでは?」と疑ったからです。もっともスポーツカー作りの才能云々に関しては詰まる所先述の各メーカーのスポーツカーに対する考え方に良し悪しを付けることに繋がる為、ぶっちゃけ彼等からすればそんな一個人の判断による価値観の格付けに付き合わされても大抵の場合余計なお世話にしかならない点に留意する必要はあります。しかしそれを差し引いてもやはり三菱自の不器用な企業体質には本当に辟易するばかりで、改めて振り返るとそういった企業として健全な経営を阻害しかねない問題点が昨今のブランドイメージだけでなく、スポーツカー事業の展開にも大きな悪影響を及ぼしていたんだなと個人的には少々残念に思いました。ただでさえ堅物過ぎて最後まで誰もがスポーツカーだと認める車を一台も作れなかったのに、それと似た立ち位置にある車を作る余裕ですらユーザーや社会に甚大な損害を与えた末の没落が原因で無くなってしまった挙句、その損害の罪を反省する素振りも見られないなんてお粗末にも程があります。そんな業の深いメーカーにスポーツカーらしい車なんて作れる訳がないという観点から、一時は三菱車からの選出結果を「該当車無し」という形で締め括る案も検討していましたが、流石にその判断は特定のメーカー及びそれのファン達への差別行為に繋がりかねないと思ったので一旦没にしました。そして代わりに思い付いたのが先述の「最も三菱らしくない車」、即ち「ターボでも4WDでもなく電子制御への依存度もそれほど高くない車」を最もスポーツカーっぽい三菱車として選出する案で、これなら三菱ファンもスポーツカー好きもある程度は納得してくれるかなと思って試しにその案を採用しました。とは言えそれでも先述の候補車一覧に掲載されている三菱車の中で先程私が採用した選出案に合致しているのはFTOだけという苦境に立たされましたが、幸いにもその車は先述の通り当時ATを中心に販売されていたFF車としては走りの素性がかなり良かったので、無事選出決定まで漕ぎ付けることが出来ました。この「ATを中心に販売されていたFF車」という点が実はとても重要で、スポーツカー好きの中にはFF車やAT車を何かしらの理由で嫌っていたり、軽自動車でも200万円超えが珍しくなくなった令和の世にもなって「200万円以下で買えるMTのFRスポーツカー」の発売をメーカーに要求する輩も少なくありません。ましてやFTOが発売された90年代半ばであれば、ネットが情報源として全くと言って良い程普及していないのも相まってFR至上主義やFF蔑視を肯定する意見を鵜呑みにしたり、当時創設からまだそこまで年月が立っていないAT限定免許を持っている男を嘲笑う人が今よりも多かったのは想像に難くないはずです。早い話がFTOは本来なら頭文字Dの「武内樹」さん宜しく「FFとAT」という、いかにもファミリーカーっぽい要素を忌み嫌う厄介なスポーツカー好きを黙らせる為の道具として十分な資質が備わっているにも関わらず、肝心の三菱自がその車を雑に扱ったせいで現在の地位に甘んじていると私は言いたい訳です。まあこう書くと「結局『FTOが人気無いのはどう考えても三菱自が一番悪い!』と言いたいだけじゃねぇか!」という罵声が飛んできそうですが、勿論実際には先述のスペシャリティカーの衰退やDC2/DB8型インテRの登場等もFTO不遇の原因に大きく関係していますので、そこは誤解の無いようにお願いします。さて、これで私が自分なりのスポーツカー論を語る企画がようやく終わりましたが、正直言ってそれだけで大分尺を取ってしまった感があるのもまた事実なので、次回の記事では先述のスポーツカー論を自分なりに語ってみた後の感想から話を進めていきたいと思います。