何か
変だと思っていた。
ずっと。
私を支えてくれる友達
支えになっているもの
それを壊されること
それに代わって
「わたしがいないとダメなあなた」という
関係にされているかん。
でも、心から気持ち悪いし
嫌いだし
尊敬なんてしてない。
これは、どうしても変えられない。
それを
「感謝がない」と
罵倒されてきた。
応援することにこたえて成功する
すると
リンチが待っている。
私を称え、妹、娘がすばらしいと称えてくれる
サイコたちの知り合いは、その瞬間から
抹殺される。
だから、輪が広がることはない。
それを、さらに、私の責任にされ
感謝だけはさせられる。
遠ざかれば
必死に追ってくる。
何とか、「あなたは私がいなければ やってけないでしょ」と
でも、実際、私がやっていることは
サイコたちの手助けでは
もう何のやくにたたない。
パソコンを扱えるわけでもなく
専門分野を理解できるわけでもなく
多言語を扱えるわけでもなく
プロモーションを手伝えるわけでもなく
フットワークもなく
私を、働かせてきた彼らは
私が「やらない」と
心を決めれば
何もできない人たちだからだ。
私を洗脳し 働かせ
自分たちができないことをやらせて
搾取するしかないからだ。
私は、感謝している、祖父母、父のためには
また、仕事でお世話になっているひとたちには
報いることで自分も元気になれる。
でも、サイコの関係の人たちのために
動くことで、なんだか
自分をダメにしてしまう感じがあった。
感謝や社会貢献ということは
やはり、良いエネルギーを作れるもので
無限であること。
輪ができることを感じている、
サイコに関わることで
私を 大切にしてくれない人と
さらに関わってしまう。
ここだ、。
こわいのは。
そして、洗脳中に関わった。サイコの知り合いへの愛着。
これは、かなり整理できた。
良くない関係を断ち切り、恩着せされた 本当はいらないもの。
昨年から、捨ててきた。
売って寄付してきた。
一歩一歩でも
着実に、積み重なってきているのを
感じられる。
まったく違う景色がある、
彼らは変わっていない。
だから、孫なり、近所の人たちなり
親戚なり
他に犠牲者を作ってもらうしかない。
私は 一見犠牲に思えても
かかわりを断つ方向で行くことにする。