この夏、伯父が82歳で亡くなった。
数十年前に離婚して実子の娘2人とは連絡をとっていなかったようで、妹である私の母が遺体引受人と実質の相続人になることになった。
母は兄との会話の記憶を頼りに兄の旧友や学友たちに連絡をとり、伯父の逝去と葬儀についての連絡等をしていたが、この出来事が「一人で亡くなると残された人が大変」とにわかに我が身を心配するきっかけとなった。
私が今もし亡くなったら、私の資産は私の母、そして弟2人に相続されるだろう。
でも猫は?5年前に引き取った2匹の兄妹猫はどうしよう?猫の世話を頼めない親兄弟以外の人に託す?どうやって?
数年前に父が亡くなったとき、母は銀行の名義やカードの解約にずいぶん時間とエネルギーを費やした。普段の会話からどの銀行をよく使っているとか、うっすら理解していたからよかったものの、それでも「聞いたことがないクレジットカード」が発掘されたり「iPhoneのロック解除コード」がわからなくてサービス解約ができなかったりと本当に面倒なことが多かった。
翻って私には日常生活を共にしているのは猫2匹で、数年の付き合いになる彼も私が何枚クレカを持っているか、いくつ銀行口座や証券口座を持っているかなんて知る由もない。
今私が突然消えたら、みんな何もわからなくて困るよねぇ。
死後に面倒をかけたくないなぁ、と考えた挙句、「エンディングノート」を用意しておくことにした。
「エンディングノート」でAmazonや楽天を探すと、それはそれはさまざまなそれ専用のノートが千円〜千数百円で販売されている。とりあえず最低限でシンプルなものでいいや、と法務省が無償で公開している「エンディングノート」を参照することにした。
これは法務省が公開しているPDFで、書き込み式になっている。相続など法的手続きの円滑化が主目的になっているからか、「人生を振り返ってみましょう」のような感傷的な要素が少ないところがよい。そう、私は感傷的に自分の人生を振り返りたいフェーズなのではなく、万一の事態に備えたいだけなのだ。50歳は中間折り返し点だと思うくらい、まだまだ生きる気持ちはある。
このノートで最も役立ったのは、「自筆証書遺言書保管制度」という自分で書いた遺言書を法務局に預かってもらう制度が紹介されていた点だった。
通常、例えば私が自筆で遺言書を作成して自宅保管していた場合、亡くなったあとに遺族はそれを法的に有効なものであると裁判所に検認してもらう必要がある。
この制度を利用すれば、検認が不要で私が亡くなると指定した人に通知が届き、通知を受けた人が請求をすれば証明書等をスムーズに発行してもらうことができる。
遺書って公証人とか弁護士とか、なんか大掛かりでやらないといけないイメージだったけど、これなら私でも手軽にできるのでは?
そう思って書き始めたものの、詰まってしまった。理由は、「こんな内容、迷惑じゃないかな」と逡巡してしまったから。
そんなにややこしいことを書いたわけではない。今の自宅のマンションは、彼に遺す。猫2匹を最後まで面倒を見てもらうことを条件にする。これは彼にも話して了承してもらった(口約束だけどね)。残りは親が生きていれば親に半分、弟2人でその半分を分けてもらう。まずは猫の面倒を見てもらえることだけを確実にして、後は法に従って処理してもらう。
でも、これを読んだ私の母親や弟たちは何を思うだろう、と考えてしまったのだ。
弟たちにしてみたら、今まで聞いたこともない「姉の彼」、要するに「赤の他人」に財産を分けることになっていて、当の彼はそれまで会ったこともない「彼女の弟たち」と話をしないといけないことになる。全員から総ツッコミされそうだよね。。。
そう思うと書けなくなってしまい、1ヶ月くらい途中で止まってしまった。その間ずっと考え続けた挙句、自分にキレた。
私の希望でしょ?私という人間が生きてきて、その後をどうしてほしいって表明することに、なぜこんなに遠慮しているの?
言えばいいじゃない。こうしたい、こうしてほしい、それがどんなに法的に厳密にはスカスカの内容でも、出して形にしないと何も始まらないじゃない。どこまで私は「当たり障りのない」「角を立てない」ことを目指そうとする?どんなに準備したって、どのみち角は立つし、当たり障りはありまくりになるかもしれないのに。
はぁもうやめたやめた!「遠慮」はやめよう!
アメリカの著名なポッドキャストホストで作家のメル・ロビンスの著書に『Let Them』という本がある。「Let Them Theory」と呼ばれる考え方についての本で、つまり「こう思われるかも」といった「他人の評価を気にする自分」を「Let Them」(そうさせときゃいい)と考え方を転換して手放す、ということが書いてある。
こんな遺言書、残された人たちに迷惑に思われるかも→ Let Them! (思われてもいい!)
こんなこと書いて、自分勝手なやつだと思われるかも→ Let Them! (思われてもいい!)
大体私の財産、私が働いて自力で獲得してきたものだよ?それをどうしたいかってなぜ自分の思うことを表明するのに遠慮する?
意志表明すればいいじゃない。そして、それをどうするかは残った人たちで決めればいい。
そうやって開き直って、私はようやく自筆の遺言書を書き終えた。日付も入れて、ハンコも押した。後は法務局に持っていくだけだ。
不思議と気持ちが軽くなった。懸案だった「猫の世話」について、遺言書に記せたこと、そして彼とそのことについて会話することができて安堵したのも一つある。
でも何より、遺言書を書くという行為を通して意識的に自分の意志を明確にすることができたのが大きかったように思う。
変な話だけど、自分がいなくなった後に「遠慮のない自分の意志」が表に出るなら、生きてる間にも「自分の意志」を出しちゃっていいんじゃない?と考えるようになった。生きてる間にどんなに遠慮していたとしても、亡くなった後に「わがまま満載」の遺書が出てくることが確定しちゃってるなら、生きてる間の遠慮なんてなんの意味もなくなるからだ。
遠慮は手放そう。Let Them!だ。
