時々、自分より沢山の音楽を知っている人に対して悔しくなったりもする。だけれど、音楽には出会うべきタイミングがきっとあって、それは奇跡というより運命だと思う。悔しくなることはないよ。あなたはあなたの出会うべき時に、その音楽に出会うんだ。素敵じゃあないか。





3月、最近はコロナウイルスの影響でライブがなくなってしまった。ライブがないと、汗をかくような機会もないので体力が落ちてしまうと感じ、バイト先まで歩いて通っている。

僕は、車に乗る時に音楽を聴くことが多い。たまにラジオも流すけれど、たいがい音楽を聴いている。車に1番長く乗るのは遠征の時だし、スタジオに行く時、名古屋でのライブの時も車に乗る。しかし、ライブが出来なくなったことによって、これほど音楽と距離が開いてしまうなんて思っていなかった。それはもちろん歩くことによって自ら車を遠ざけていることも大きな要因だけれど、それ以上に、ライブがないということによって、生活と音楽って密接なものでなくなっていってしまうんじゃないか、と思った。


このまま、ライブが出来ないことで、色んな人の中から音楽が消えていってしまうんじゃないか、そんなことを考えて怖くなっていた。何か、何かやらないと、音楽はなくなっていく、そんなことを思っていた。




バイトに行く為に歩いている時に、ふと流した曲。

今まで、名前は知っていたけれど、なんとなくちゃんと聴いたことがなかったアーティストだった。なぜ聴こうと思ったかは自分でも分からない。その音楽が、今日、この日、この場所の為にある音楽のように思えた。



家にある、父親の昔集めていた沢山のレコードの中から、なんとなく選んだ1枚。一通り聴いた次の日、父親に言われた。「なんであのレコードを選んだの?俺が一番好きでよく聴いてた一枚なんだよ。」



奇跡じゃなくて、運命だと思ったよ。

きっとこの音楽に今出会うべくして出会って、ずっと聴いていくんだろう。

僕は色々な音楽をドカドカ聴く、みたいなこともするけれど、やっぱり記憶に残っている大事な音楽にはストーリーがある。出会うべくして出会う音楽というのは絶対にあって、それは人の心に残り続ける。

そのストーリーは色んな人の中にあって、共有することだってできるんです。

こんなライブがない時でも、出会ってくれる人もいれば、何かと出会う自分もいる。希望は、たくさんある。






どんな理想を描いても空想に浸っても

僕は僕にしかなれないと知った3






3月の終わりに僕達の曲が誰かと運命の出会いを果たしますように。