めおと日和 -だんなのほう-

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夫婦ブログ<めおと日和>の『だんな』のほうです。
『よめ』のほうもよろしくね。

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最近よめが『JOJOの奇妙な冒険』を読んでいる。

一時期ぼくのもっていたマンガを一斉処分したときがあったんだけれども、その際にこれだけは残しておかないとなと思って処分を免れたものの1つなんですね。『JOJO』は。



この作品は時に「独特な画風」であったり「一部の特異性に群がったファン層」などの影響で穿った見方をされることがありますが、本当に魅力的な作品です。



一、あらゆるジャンルの作家に影響を与えるほどの強烈な個性の表現に成功している。

一、作者の"勉強量の多さ"とそれにかける情熱がビンビン伝わってくる。

一、新しい作品が出ても、作者自身が成長し続けているのが感じ取れる。守りに入るどころかより深くクオリティの高い思想に向かっているのがスゴイ。




荒木さん(JOJOの作者)の作品はマンガというより『映画』です。
音が頭の中で鳴り、画面は動き、色々な仕掛けがあちこちに仕込まれています。

そして生きる上での助けになる『哲学』が随所随所に登場して心を打ちます。

その台詞は読む側のタイミングや年齢によっても響くポイントが違い、『生涯この作品は手放せない』と思う所以でもあります。

くだらない脇役がなにげなく喋ってる一言がガツンと来たりするんですね。



よめも元来そういった「人の思想」や「人生観」といったものに興味をもつ傾向のある人なのでそういった視点としてもきっと楽しんでいるのでしょう。

「カバー裏の作者一言コメント好き。面白いこと書いてある」
なんて言ってるくらいなので。



ええこっちゃ。









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相手を独占しようとしてはいけない。

自分のものだけにしようと縛ると
気持ちはどんどん離れていくしお互い嫌なことだけつつきあうようになって仲良く胃を壊すハメになる。



相手の事はどんな人にも愛される人間になれるようサポートしてあげればいい。
それが愛情ってものだ。

互いにそうすることでパートナーの気持ちはどんどん近付き、やがて部分的に同化するところができてくる。

これが夫婦のあるべき姿。









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週末はよめの姉夫婦とアウトドア旅行だ。

くんせいでも作ろうかと思って 昨日ホームセンターでスモークセットを買ってきた。




姉夫婦にはとても良くしてもらっている。
だんなさんとももう気兼ねなく話ができるし、ちびっこたちもなついてくれてかわいい。

ここ一年くらいは特に一緒に過ごすことも多くて、しょっちゅうイベントごとを企画しては交流している。

みんな若くて元気に遊べる時期はきっと思ったよりたくさんはないと思うから今は目一杯遊んで思い出をつくりたいですね。




余談かもしれないけれども
『よめさんの家族と仲良くできていいなぁ』と言われることもある。

確かに良いファミリーに恵まれて本当に良くしてもらってると思うけれども、本当の事いうとそれはあまり問題じゃない。


もともと結婚するにあたり『結婚するなら相手のファミリーを自分の家族同様に大切にする』ということを決めていた。

相手がどんな人だろうと、
性格が馴染まない人だったとしても、向こうが自分の事をあまり良く思っていなかったとしても、好き嫌いとか関係なく自分は大事にすべき。
という考えを持っていた。

よめの大切にしている『家族』を大切にすることは"よめを大切にする"とう事とイコールだということ。


具体的には

・よめの家族が絡む予定は優先する
 予算もケチらない。
・よめが家族と過ごしたいという時は快くOKする
・たとえ嫁が家族の悪口を言ったとしても絶対に乗っからない。
・居るだけでなくちゃんと話をする。
・自分の家族よりもよめの家族との時間を多くとる。



こういったことを実践した。

利害とかそういうことではない。
自分の人生のパートナーを育ててくれた人達や環境に対しての感謝の気持ちと敬意です。

仮に"よくしてくれていなくても"、こちらからはちゃんとすること。
利害じゃないから。

結婚というのはそういうものだと わたしは考えています。
家族付き合というのは、そもそも結婚の覚悟や誓いの一部に含まれるもの。そういうことなのです。



くんせいも結婚も
中途半端に手を出すとエグみと苦みばっかり舌について煙たいだけのものになってしまう。

目が痛かったり咳き込んだりするのは当たり前。
それでも丁寧にデリケートに扱うから深みと味が出てくるんです。








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夫婦だってお互い『こいつムカつくなぁ』と思うときはある。

顔も見たくないって時だってある。




でも『居なかったらそれは寂しいだろうなぁ』と思う。




ムカつくのも、相手がそこにいてくれるからムカつける。

いつも寂しさを感じずに生きていられるのは相手がそこにいてくれるから。

それはとてもありがたいこと。



そう考えればムカつくことも幸せの一つなんだと感じられるようになる。





腹がたったくらいで夫婦がケンカしたりしてはいかん。
それは幸せなのにケンカしてるってこと。

これは夫婦にとって肝心なこと。


腹がたったら喜ぶのが筋。



目立とうとすると、それは目立つ。

しかし悪い意味で。



目立ちたいという気持ちをなくし自分のすべき事に徹するよう生きていると、やがて目立つ。

これは良い意味で。




畑でいうと、誰かの育てている農作物をみて
自分も手伝ってあげようとか土をたがやしてやろうとか、そういうことをする人はやがて必要とされるようになる。
だから目立つ。
人の記憶と心に刻まれる。

こういう人間にならなくちゃいけない。
時間はかかるかもしれないがそういうもんだ、しかたがない。



手っ取り早く目立とうとすると、
思いの外『方法』がない。

だから人の育てたスイカを食べ散らかしてみたり、糞をしたり、もっとすごいものを見た自慢をしたり、そういうことをするしかなくなる。

もはや害虫
そういう目立ち方になってしまう。


確かに目立ってはいるが愛されていない。
むしろみんなそいつに殺虫剤をかけたいと思ってる。


せっかくハッピーに生きたいと願っているのに、そんな風に思われながら生きたくない。

煙たがられるのはよめ一人で充分。ってなもんです。








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