ちょっと古いが、今もその動向に注目が集まるエリカ嬢など最たるもので、あの時彼女がインタビュアーから発せられた質問に対し、ふてく顔で『別に。』と言い切り、自分の心情がよろしくない事を公にあらわした事で、今の地位を確立してしまったところは往々にしてある。
あの時、『別に』と言い切るのではなく、『別に今思いつく事がとくにございません候。』などと言ってみれば、彼女の今の立ち居地も少しは変わっていたことだろうと思う。
それ位言葉というものは人間の一生を左右する絶対的な力を持っているものなのだ☆
今日、帰りがけに立ち寄った松屋で、少し遅めの夕食をとっていたときのこと。
グラスの水が底を尽きていたので、店員さんに、
『すいません。お水をいただけますか。』
と言おうとしたところ、頭の中でもっとフランクに頼んだほうがいいのではないかという天使が囁いた。
成程、ここは成金が通い詰める三ツ星レストランではなく、もっと沢山の庶民の方々に窓口を広げられたいわば食堂だ。(いい意味でですよ)そこに畏まり過ぎた言葉は却って場にそぐわないではないか。
よしそれならばと思い、
『すいません。お水をください。』
に言い方を変更しようと考え、その言葉を口から発しようとした時、頭の中でこの二つの言い方の違う一つの心を表す言葉ががっぷりよつで組み合わさり格闘してしまいその結果、
『すいません。お水をくれい!』
という一聴すると傍若無人ととれなくもない言葉となって店内に響き渡ってしまった。
店員のお姉さんも一瞬ちょっとびっくりした顔になった。
それと同じように自分も自分の口から出た言葉の労わりと傲慢さが入り乱れた中途半端な言葉に対し赤面を禁じえなかった。
しかし、そこは流石サービス業、『はい、ただいま。』とそつなく自分のグラスに水を注いでくれた。
しかし、自分の前から去るときに目の前にちょっと気持ち大きめの音を立てながら水の容器をドンと置いていったのを自分は見逃さなかった。
そりゃそうだ、いくらなんでも我々が生きる世界にはマナーという暗黙の了解があり、それを元に回っているところはある。
そう考えると自分の発した言葉というものは、『すいません。』という労わりの心と『お水をくれい!!!』という人間の傲慢さ、厚かましさがそれぞれ露呈し、そのくせ溶け合う事も無く中途半端に成り立ってしまっている。
取る側からしたら、どっちやねんとツッコミを入れたくなるものだ。
自分も店員も全然気にしていませんよ的な空気を醸し出しつつ、微妙な空気が流れるなかで、食事を手早く済ませ、自分はさっきの失言を取り消されることを祈って、最高の笑顔と発声で
『ごちそうさまでした!!!』
と元気よく言って店を後にした。
店員さんびっくりさせたらごめんなさい。
おいしかったよ☆豚丼☆

