5月1日

夜中、酸素マスクが外れて、意識がなくなっていたらしく、母は、「こわかった。」と言っていました。何とか、もちなおしたそうですが、母は、これから、ぜんぜん寝れなくなりそうです。
看護師さんから、家に帰る時の服装について説明が有りました。父の好きな服や、スーツなど、着せたいものに着替えさせてくれるそうです。

14時28分、母からメールが入りました。「あぶないから、家族を集めて。」と言う内容でした。
僕が、駆けつけると、辛そうにしている父を、母と姉が泣きながら、励ましていました。次々に、家族が集まり、狭い病室に家族全員が揃いました。
14時7分、父は、家族全員に看取られながら、静かに眠るように、亡くなりました。


5月3日

告別式 挨拶

本日は、ご多忙のところ、ご会葬頂き誠にありがとうございます。
この様に多くの方々が、弔問に訪れられ、改めて父の偉大さを感じました。

仕事だけでなくライオンズクラブ、消防団、地区自治会の活動と、日々忙しく過ごす父は、私たち家族の自慢であり、理想の父親でした。

昨年、9月に肺ガンと診断を受け、分かった時には、リンパ、背骨、副腎に転移していて、手術は不可能。余命数ヶ月と宣告を受けました。

闘病中、少しでも恩返しが出来ればという思いで、母を始め私たち家族、親戚は力を合わせて父の看病に当たりました。

辛い闘病中でも、調子のいい時は、おどけてみたり。家族を笑わせてくれました。

この7ヶ月、父のおかげで、すごく大切な時間を過ごす事ができました。

寛大なる父であるが故に、これから不安はありますが、家族みんなで歩んでいこうと思っています。

本日は、お忙しい中誠にありがとうございました。





平成29年5月1日

一年経った今、病室で流した涙の意味をよく思います。父への感謝の涙

一年たった今、僕たち家族は変わらず幸せです。
これもまた、父のおかげ。