こんにちは

ふかゆきです。

 

前回の続きです。

読んでいただいた感謝します(*^^*)

 

 

「赤き離れないもの」

 

第一章

 

 

結宇は病院の診察室にいた。

医者がパソコンの画面を眺めながら、病状を説明していた。

 

結宇は遠い出来事のように、半分は上の空で聞いていた。

 

「組織検査の結果は陽性でした。つまり・・胃に悪性腫瘍ができています」

 

「・・・胃がんですか?」

 

「ええ・・・。胃がんは病状により5っつの段階に分けられているんですが、

大迫さんの場合、この4番目。ステージ4になります」

 

「はぁ・・・」

 

「そして、大迫さんの胃がんは、スキルスというタイプで・・」

 

ここで、医者は視線をパソコンの画面に移し言った。

 

「つまり、手術は意味をなさないということです」

 

手術は意味をなさない・・。

 

結宇の心は平穏だった。

あまりのことに精神活動が停止したのではなく、

心の中をどんなに探しても、動揺が見当たらないのだ。

 

「セカンドオピニオンを希望されますか?」

 

結宇は首を振った。

 

「では、明日からでも、入院していただき治療を始めましょう」

 

結宇はしばらく考え、一番聞きたいことをたずねた。

 

「あと、どれくらい生きていられますか?」

 

「…治療により5年後生存の可能性は、ゼロではありません。」

 

「・・・・・・・」

まわりくどい医者の言い方を理解するのに、結宇は少しの時間を要した。

 

「最悪の場合をお聞きしたいんです」

 

「・・・一年。今はそうとしか・・・すいません」

 

病院を出て、結宇は少し遠いけど一駅先まで歩いていくことにした。

冬の冷たい風を顔に受けながら、結宇は不思議に思った。

 

今、特別な症状はないのに、あたしは一年後には死ぬ。

治療は受けるつもりだが、回復していく未来を、結宇は全く想像できなかった。

 

いや、一年後ではないだろう。あの医者の言い方だと、もっと早いような気がした。

 

半年持たないかもしれない。

 

40歳、世間的には若いといわれる年齢ではないが、胃がん患者としては若い部類だろう。

若い人は進行が早い。よく聞く言葉だ。

 

結宇は心からホッとしていた。やはりこれも自分が望んだことなのだろう。

私は、自分の人生を早く終えたいと、どこかで願っていた。

 

結宇の人生は人が見たら、羨ましいといわれるかもしれない。

結宇は美術教師をするかたわら、絵描きを生業としていた。

 

絵は様々な賞を取ったこともあったが、プロの絵描きになることはしなかった。

 

プロの絵描きとなり、それだけで生計を立てるとすると、自分の好きな絵を描きたいときに描くというわけにいかない。

 

結宇にとって、絵を描くということは、重要な自己表現であり、

そこに少しの不純なものをいれたくなかったし、いれることを許せなかった。

 

結宇にとって絵を描くということは生きていく活力そのものであった。

 

結宇は絵を描くこと以上に愛すべきことを見出すことが出来なかった。

絵だけが、絵の具だけが、筆だけが、白いキャンパスだけが結宇の心を癒してくれるのだった。

 

そんな結宇の心を知っているものはいなかった。

結宇も言わなかったし、伝えても伝わるはずがないと知っていた。

 

孤独であるという認識以上の孤独の中に結宇はいた。

それが結宇の人生だった。

 

 

「パーフェクト・・・」

皮肉ではなく、結宇はつぶやいた。

 

このことを知ったら、母は泣くだろう。そして父も。妹も。そして、妹の子どもたち。

愛する人々を悲しませることは、心苦しいが、きっと、あの人たちは大丈夫。

 

あたしが死んだあと、手厚くほおむってくれ、月命日には、両親は仏壇に手を合わせ、お経をあげてくれるだろう。

 

一年もすると、あたしが死んだことは日常に組み込まれて、

あたしが好きな食べ物を仏壇にあげることを、生きがいとしていくに違いない・・。

 

結宇のほほに笑みがこぼれた。

 

あたしは死ぬことを喜んでいる。そのことを親は知らない・・・。

お父さん、お母さん、あなたたちの娘は不具者なのです。なぜなら・・・。

 

結宇は頭を振り、考えを追い払った。

こんなことは意識にのぼらせることすら、無駄なこと。

 

結宇は、入院へ向けての準備のことを考えた。

美術教師はすぐ見つかるだろうか?

入院するために買わなければならないものもある。

親にはいつ、どのように話をするべきか。

 

結宇はウキウキとした気分になった。

「解放・・・」

そう、あたしにとっては、これは解放への道。結宇はまた知らずに微笑み、駅に向けての足取りを急いだ。

冬のアスファルトを叩く足音。

木々を揺らす風の冷たさ。

季節は2月。

一瞬、春の前触れの優しい風が結宇のほほを撫でたが彼女は気づかなかい。

 

いま踏み出している一歩が一歩が、

神への挑戦となる一歩であることを、気づかないように。

 

つづく。