虎に翼

 

◇ 連続テレビ小説

 この4月からのNHK「連続テレビ小説」第110作は吉田恵里香作、伊藤沙莉主演の「虎に翼」だ。日本で初めて女性弁護士、判事、裁判所長を務めた三淵嘉子がモデルになっている。主人公の名前は猪爪寅子(後に佐田寅子)、“猪の爪を持った虎の子”とは何とも猛々しい名前であることかと思ったものだ。三淵嘉子という人物のことをまったく知らないし主演の伊藤沙莉のことも何も知らないのでほとんと観ていない。

 それでも「血圧130を超えたら胡麻麦茶」というCMの自分防衛団の女性隊員とか、ハンバーガーのCMの店員さんで顔だけは見慣れている。CMで顔が知れているということで起用されたのだろうが、何とも地味というか華の無いタレントさんという印象がある。その人のアップで画面が締る、その人が立つ場所がこの場面のセンターだという存在感のようなものに欠けているように見える。決定的なことは声が低く太いことだ。低い声で出世した女優さんは記憶にない。余計なお世話と言われるかもしれないが、これから大化けすることはあまり期待できないかもしれない。

 

◇ 虎に翼をつける

 天智10年(671年)年10月。時の天智天皇は病床にあった。激しい痛みと苦しみに余命がわずかであることを悟った天皇は、弟で皇太子の大海人皇子(後の天武天皇)を呼び寄せ皇位を譲ることを申し伝えた。しかし皇子は禅譲を辞退し天皇の長子である大友皇子を皇太子とするよう進言する。そして「私は本日出家し、陛下のために功徳を修めたいと存じます」と申し出たので、天皇はそれを許さざるを得なかった。皇子は即座に出家し自分が持っていた兵器をすべて官司に納めた。実は、天皇の病床に呼び出された時、皇子が目をかけていた天皇の側近の一人が「用心してお話しなさいませ」と皇子に耳打ちをした。皇子の答え方ひとつで「反逆の意あり」としてその場で討ち殺されていたかもしれない危機の場面だった。皇子はこの場を慎重に振る舞って切り抜けた。それから2日後、法衣に身を包み皇位の継承を放棄した者として、近江大津宮から逢坂山を越え、山科を経由して吉野宮へと向かった。

 しかし、大海人皇子は生まれながらにして徳があり、成人してからは人間わざとは思えぬ武もあると讃えられた人物で、見送った宮廷人の誰もがこのままで終わるはずがないと予見していた。ある人が吉野宮へと向かう大海人皇子を見て「虎に翼をつけて放した」と呟いたという。

 そして、同じ年の12月。天智天皇は46年の生涯を閉じ、古代最大の内乱といわれる「壬申の乱」が始まる。

 

 「日本書紀」は720年(養老4年)に完成した歴史書だ。天武天皇が、治世晩年の681年(天武10年)に「帝紀」および「上古諸事」の編纂を川島皇子や忍壁皇子らに命じ、およそ40年後の720年に舎人親王が元正天皇にその完成を奏上した。30巻と系図1巻からなり、天地開闢から持統天皇までを漢文・編年体で記述されている。「古事記」と並び伝存する最も古い史書の1つだ。

 巻28「天武天皇 上」、巻29「天武天皇 下」と天武天皇については上下2巻が費やされ、巻29「天武天皇下」は壬申の乱についての記述で、この中に「虎に翼」の出典である「或曰、虎着翼放之」と書かれてある。

                                         

 さらに「虎に翼」の語源やら由来を調べると、唐の第2代皇帝太宗の勅命により撰した「周書」の一節の「為虎傅翼」を語源とする説があった。現代語に訳すと「虎の為に翼を傅 (付) くるなかれ」となり、意味は「もとから強い虎に翼を与えることはするな」となる。「周書」の成立は636年とされている。天武朝の学識階級がすでに「周書」全体に目を通していたので、そこで知った「為虎傅翼」をちゃっかりコピーしたのか、それとも「虎着翼放之」は「日本書紀」編纂プロジェクトチームのオリジナルなのか、どうしてもそれを考えてしまう。「或曰、為虎傅翼」でも言い表したい意味は通じる。だが原典に日本独自のアレンジを施して日本オリジナルとするというスタイルがもう既にこの頃からあったとしたら、それはそれで凄いことである。

 いずれにしても「日本書紀」の編纂過程で、またこの書物の成立によって「日本」という国家のアイデンティティが形になったのだ。

 

◇ 殺し文句

 類語を探したら他に「鬼に金梃」「鬼に鉄杖」「鬼に金」「駆け馬に鞭」「走り馬にも鞭」「竜に翼」、まだ他にもいくつかあった。「虎に翼」「竜に翼」ときたら、思わず「キャプテン翼」と言ってしまいそうになるが、似て非なるものほど異なってはいないように思う。意味は十分に通じる。

 虎に翼、鬼に金棒、弁慶になぎなた、ポパイにホウレンソウ、野茂秀雄にフォーク・ボール、そして俺にはお前、これで世界最強だ、お前がいれば天下を獲れる。男性でも女性でもこんな言葉で口説かれたらひとたまりもない。